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飲みたがる馬鹿
「永山ァ! お前はノンアルっつっただろ!」
おれが緊急の電話で抜けた隙に、永山この野郎。すでにハイボールを半分ほど空け、にへらぁっと気の抜けた笑顔を見せる。
「長森きびしー!」
「一杯は許してやんなよ」
同期は、この弱いくせに飲みたがる男を庇うけど。おれが飲ませたくないんだよ。
「没収な」
ハイボールは取り上げて、永山が抗議する間におれの腹に収めてしまう。
「間接チューよ! 長森、おれとの間接チュー狙いなのー?」
「ほら、ジョッキ半分ですでにめんどくせぇ」
同期も呆れて、口々に「めんどくせぇ」と永山を罵る。イジられキャラではない。愛され、イジられ、罵倒されながらも、どこか飄々と、全員を俯瞰しているところのある男だから。
終始ご機嫌で、いつもより口角を上げて、地下鉄に消えていく永山。この瞬間が、おれは嫌いだ。
永山の路線が運転見合わせになって、タクシー代が惜しいからおれの家で寝るんだと。
コンビニの冷食。永山が物欲しそうに見てる酒のケースから、ハイボールをカゴに入れる。2本。
「お。長森ちゃん、やさしーね。残業のご褒美?」
ああ、とか適当な返事だけする。おれが会計して、永山は財布を出す素振りも見せない。甘えることに慣れた男。
レンチンできたもんから食う。酒の入った永山は、目を軽く伏せて宙を見つめる。無言。
こいつは馬鹿じゃない。おれには掴めないものを、ずっと遥かに見通している。
この瞬間が嫌いで好きだ。おれだけが知ってたらいいんだ。おれ以外の世界中の全員が、「お気楽でお陽気な永山くん」って思ってたらいい。でもお前は、誰の家にでも上がりこむ。
何か歌い出しそうな、やわらかい表情も。
ごわついた髪も。
腕時計を外した日焼け跡の白さも。
ゴツい手の爪は切り揃えられていることも。
全部スナップショットみたいに静止して、それから永山の重たげなまばたきで動き出す。
繰り返す。何度も。
焼き付く。何枚も。
おれがそんなふうに見てるのも、見通してるんだろ。だから嫌いだ。おれが「好きだ」と言う前にスルッと逃げたお前が、きっとまだ好きだ。
冗談じゃねぇ。
「長森ちゃーん。今日は軋むシングルベッドにふたりコース?」
「軋まねぇセミダブルだ。舐めるな」
冗談じゃねぇ。こんな男、床に転がしておくのがお似合いですよ。高級シャンプーも使わせねぇ。お袋が送ってきたリンスインシャンプーで髪を洗ってろ。
あとそれ、歌詞混ざってるぞ。
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