あなたと話がしたいから 〜茶座荘の日常〜 5

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翔太(しょうた)くん、今日朝から予定あったよね? ほら、起きて」  高校の頃、母親に起こされた時はうるさいとさえ思っていた睡眠を切断する声、だけど親元を離れた今、僕の耳に届く声は心地よくさえ感じる。  僕は昔から朝が弱くて、ここに来てからも何度も寝坊しかけたのを見て、僕のスケジュールはこの家のメンバー全員で共有することとなった。  実家を飛び出して、居候していた先輩に追い出された僕はこの家の主である佐倉(さくら)浩介(こうすけ)さんに拾われた。ここ、茶座荘(さくらそう)は何でも屋をやっている佐倉さんの仕事仲間が集まっているシェアハウス。僕はソロシンガーとして活動しながら、社員の1人としてここに置いてもらっている。 「おはよう、翔太くん。早く食べないとご飯なくなっちゃうよ」 「その前に顔洗ってきなよ。目が全然開いてないじゃん」  フラフラとした足取りでリビングに入ると、2人の男の人が僕を迎えてくれた。最初に声をかけてくれたのは窪田(くぼた)保人(やすひと)さん。機械系に詳しくて、僕のプロモーション用の動画を作ったりもしてくれる。  次に声をかけてくれたのは安嶋(あじま)橙吾(だいご)さん。浩介さんの相棒で、頼れるアニキ的存在だ。    顔を洗って再びリビングに行くと、ご飯を持ってきてくれたのは、さっき僕を起こしてくれた原田(はらだ)愛那(あいな)さん。愛那さんは僕よりも後にここに来たはずだけど、気づいたら僕よりもこの家に馴染んでいた。  浩介さんと橙吾さんが高校の同級生だからというのもあるとは思うけど、たぶん一番大きいのは、毎日ご飯を作ってくれることだと思う。今日の朝ごはんはほうれん草の味噌汁にハムエッグとソーセージ。どれもとても美味しい。  愛那さんが来るまで、この家でのご飯はテイクアウトがほとんどだった。橙吾さんは多少料理が出来るけど、僕を含めた他の3人が作るご飯は酷いものだった。パンを焼けば焦がすし、茹でるだけの素麺ですら鍋底に焦げがこびり付く有様。僕はご飯を外で食べてくることが多くなっていた。  愛那さんは料理が得意ではないと言っていたけど、誰もが知っているような料理なら何でも作ってくれる。  先週、農場のお手伝いで朝市の売り子をやったときなんて、お礼だと言って卵を30個程貰ったんだけど、これまでの僕たちなら調理が面倒でほぼほぼ茹で卵になり、アスリートみたいな生活になっていたところを、愛那さんの手にかかればフレンチトーストから親子丼、オムライス、茶碗蒸しと様々な卵料理に生まれ変わり、あっという間に無くなっていた。そんな訳で愛那さんは僕たちの胃袋をガッチリと掴んでいる。  そして、僕の心までを掴んだのは、ある雨の日のことだった。
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