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僕は割と動揺していたのだけれど、運転手は平然としている。
しばらく白い靄の中を走ると、次第に視界が晴れて、周りの風景が見えるようになった。
いつの間にか、辺りは山に囲まれた田舎道になっていた。
「では、また後でお迎えに参ります。」
いつもと同じ台詞。
だが、いつもの栞は渡されなかった。
(さて…どうしたものか…)
僕はあたりを見渡し、途方に暮れた。
なぜなら周りには山と田畑しかなかったからだ。
なぜこんな所に連れて来られたのかわからない。
誰かに話を聞こうにも、誰もいない。
僕は仕方なく、適当に歩き出した。
歩いても歩いても、人とは出会わない。
風景も少しも変わらない。
『どこを見ても、山と田畑しかないの。』
ふと、彼女の言葉が思い出された。
まさに、ここは彼女の故郷のような場所なのだ。
彼女は、早く故郷から出たいと思ってたらしいが、結局、大人になるまで出られなかったらしい。
他の県に行く事すら滅多になく、高校の時に修学旅行で行った京都はまるで夢の世界みたいだったと言っていた。
僕は彼女の言葉を思い出しながら、田舎道を歩き続けた。
都会に出て就職し…その年、慰安旅行で長崎に行ったとかで、その時もすごく楽しかったと、彼女は当時の事を弾けるような笑みを浮かべて話してくれて…
(……あ……)
このツアーで初日に行った京都…そして、昨日の長崎…
(……まさか!)
偶然の一致に、僕の体は俄かに震え始めた。
気が付けば僕は墓地の前にいた。
彼女と同じ苗字の墓の前に…
『これからも私をいろんな所に連れて行って。
私はいつでも智と一緒にいるよ。』
「結子!?結子なのか?」
だけど、返事はなかった。
ただ葉擦れの音が小さく響くだけ。
「結子…」
幻聴でもなんでも、彼女の声が聴けた事が嬉しくて…僕は、墓の前で泣き崩れた。
苦しくなる程泣いて…泣いて…
だけど…この涙が乾いたら…
僕は、少しだけ前を向けるかもしれない。
そう…僕はこれからもきっと旅を続ける…
君と共に…
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