【バジリスクの瞳】

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           【バジリスクの瞳】                             かよきき  「台風情報です。日本の南を北東方向に向かっている台風7号は……」  ……きた。  恵梨は朝のニュース番組の気象情報を見て持っていた菜箸を握りしめた。  「ここから急スピードで関東地方に直撃する模様です」  きた、きた、キた、キター!  「ママ、ごはんおそーい?」  恵梨の娘、小学生一年の唯はフォークを持って足をバタバタさせている。  「遅いじゃない。お皿とか用意しなさい」  「けちー」  渋々とダイニングチェアから降りた。  少し反抗期気味だけど唯はやはり可愛い。愛してる。何を置いても守り切る。  でも、私には守らなければならない物がもう一つある。  「はい。できたよー。ソーセージと目玉焼のとろーりチーズのせだよぉ」  「やったー♪」  王立国家マグガドミナルル。私は王子マルコとして国家転覆を目論む魔法使いバルナールから愛犬ならぬ愛マンティコアのシゲルと共に国家を護らなければならない。  「おいしーねぇ」  「ねー」  無論、現実世界ではない。ゲーム『マルコ伝説4』の話だ。  腐女子? ゲーム廃人? おたく? 好きに呼んでよ。私はゲームに没頭しありとあらゆる種類をプレイしてきた。高校卒業後も新作のためだけにバイトしプレイした。親に何と言われようが、ゲームさえあれば幸せだった。  だがバイト先のコンビニの客で今時珍しくゲーム雑誌を買うおじさんに出会った。といっても意外と若くてびっくり30歳のおじさんとゲーム談義で盛り上がり、いつの間にか付き合っていた。 「好きなゲームを一生二人でやろうぜ!」  はいオッケー。はい結婚。二人のゲーマー夫婦に怖いものなど無かった。  だがしかし、知ってましたか皆さん。生活にもお金がかかるということを。  親元をはなれ旦那と生活し色々な事が見えてきた。家賃、電気代、ガス代、水道代、そして何より税金。所得税に市民税、車両税にうんたらかんたら、ふざけるな悪徳国家。  そして何より旦那、いや敢えておじさんと呼ばせてもらうがお前給料安すぎんだろ。ゲームどころじゃねーじゃねーか! いや口には出さないよ。あんた優しいしまぁまぁ愛してる。でも期待していた生活には程遠く、娘が出来ると私もパートに出なくてはならなくなった。  ところがパート探しがまた大変。何かと保育園に呼び出され少しの熱でも休まなければならない。まともな仕事場なんてなかなか無かった。  そんな中、人のよい独身店主が一人でやってる小さな弁当屋で配達員をすることに。ここはママが働きやすく子供の都合で急遽休んでも「仕方ない」で済ましてくれるし、おまけに残り物を沢山くれる。  街を歩いてモンスターをゲットするアレ。地方でレアキャラが出るとか情報が跋扈していた時、遠征するために取得した運転免許が役に立った。ありがとうアレ。  でも配達に特化した店で雨の日は書き入れ時で休めない。  だが休みたい! 何度も言うが王立国家マグガドミナルルを真に救わなければならないのだ。そのためにはラスボス、バルナールを倒すまでにレアアイテム【バジリスクの瞳】を温存しての進行が必須。  それも今日中に。  今は7時32分。結構な雨だから45分には車で送っていかなければならない。  「ママ、今日はお習字があるって」  「ちょっと、朝は忙しいんだから前の日に言いなさいってママ言ったよね。」  いや、知ってるよ唯。用意してあるけど言わなきゃならん。  「放課後、水泳教室で昇給試験でしょ? 水着もちゃんと用意したの?」  「うん~」  唯は勉強机の横にある水泳教室専用のバッグをずるずる引きずった。  「ゆい!」  唯はビクっとなってバッグを抱えなおした。  まったく今日中に『マルコ伝説4』を進めないといかんというのに。  実はゲームの配信が本日24時で終わってしまうのだ。  そう、私は昔のゲームをやっている。10年前に発売された『マルコの伝説4』大人気を博した。ネット接続をすると200種類ものマルチエンディングを搭載したこのゲームを私はやりこんでやりこんで満足しリビングに額入りで飾ってあるほどのお気に入りのゲームなわけだが。  ここに来て201個目の隠しエンディングがあるとSNSで知ってしまったのだ。  どのルートでも石化したまま助からなかった仲間の魔法使いモラリーンがネット接続時の特殊な条件下で【バジリスクの瞳】を使うと助かるという。  真の完全なるエンディング。最後の青春を捧げたと言ってもいいこのゲームだけは完全攻略しないと一生後悔する。  恵梨は持っていたコーヒーカップを力強く握った。  「命にかえても……。」  「え? 何?」  「なんでもない」  唯の頭を優しく撫でた。  仕事休みたい。嘘で休んじゃうか。  “正直に生きなきゃダメだよね。エリの正直さが僕は好き!”  ペテン師キノキノを倒した時の愛マンティコアのシゲルの台詞。  くっ。恵梨は顔を手で覆った。  「ママ、大丈夫?」  「大丈夫。はやくランドセル」  「はーい」  唯は隣の部屋にかけていく。  指の隙間からテレビ画面を見つめた。  だがまだ、チャンスはある。大雨警報になれば休校。その場合店との約束で急遽欠勤して良いのだ。実家で親に面倒を見てもらえば時間が出来る。  「特殊ルートのせいでギリギリの戦いになる。攻略に4時間は欲しいぃ」  「ママ?」  黄色い登校帽子をかぶった唯が恵梨を下から覗き込む。  7時44分になった。  「ママ、行こう」  恵梨はまだテレビの前から動かない。  魔力をありったけ込めた恵梨の鋭い眼光がぎらりと光った!  「降れ。」  時刻は7時45分になった。  朝のふしぎ生き物占いがはじまった。  恵梨はうなだれつつも脳をフル回転させた。  放課後の水泳教室行って買い物、夕飯、唯の勉強を見て、片付け、早く寝かせるために車中では絶対寝かせない、旦那も今日は遅くなると確認済み。20時には電源オン、よし!  そのためにはパートの延長だけは絶対に避けなければ。あのアホ店長、後先考えずメチャメチャ注文受けるから。なんなら今日はのり弁しかないって私が電話取るか。  「ママー! 早くー!」  「はい、はい」  恵梨はレインコートを羽織り勢いよく玄関に向かった。  唯を小学校に送り届け直接職場の弁当屋に向かう。普段はチャリだが優しい店長は雨の日は駐車場代を交通費として払ってくれる。  店に付くと店長が注文の電話を取っていた。  「はい、うまうま弁当店です。本日は雨で配達が遅延する恐れがありますので……」  ふっ。絶対遅れないわ。店長を横目に恵梨は不敵に笑った。それで店長は眉を寄せた。  「今日は一段と気合入っているね」  「どんと恋すりゃ、メテオも怖くない」  「は?」  「恋多きニールセン男爵が初めて本当の愛に目覚めた女性が男性だと気づくも覚悟を決めた今時でセンーセーショナルでSDG‘sな愛の名言です。」  「君はホントいつも何言ってるかわからないな。ただとにかくすごい気合いだ。心強い」  「店長。本日も私全力で参りますが、今日だけは退勤予定の14時にいくら注文が残っていても帰りますので。受注気を付けてくださいね」  「はい」  ズンズンと更衣室に向かう恵梨。  「“ニールセン男爵”って誰?」  店長は他のスタッフに聞くもそいつも両肩を上げた。  常識がねーな。ニールセン男爵は『マルコ伝説4』で首都を守った英雄キャラじゃろがい。  やはり注文は殺到した。11時を過ぎると雨脚が強まる。街中を走る恵梨は三輪バイクの脇から降り注ぐ雨風で顔がビシャビシャだ。  スマホから大雨警報の知らせが届く。  「ちくしょう!遅いんだよ!」  だがまだまだ配達は20件以上ある。  「全魔力解放―!」  恵梨はアクセルを全開にした!事故につながるマンホールはすべて避け、エンジントラブルにつながる水たまりは通らない。車の多い大通りではなく小道裏道を走りまくった。  遅れるどころか普段より早いペースで配達をこなしていく。  この分だと時間通りに帰れる。  そう思って帰還すると14時前だというのに店長はあくせく調理をしていた。結局、過剰受注。この男は未来が見えない、だからその歳で独身なんだよ。  「大丈夫だよ。あと俺が行くから。あがって!」  かっしゃんかっしゃんフライパンを回しながら店長は作り笑いを浮かべた。  注文票はあと7件ある。調理だけでも20分以上の計算だ。配達で50分はかかる。最後の注文者は70分以上待たされる計算だ。その客たちにお詫び行脚で配達しなければならない。そしてこの時間、従業員はもう自分ひとりだ。  いつもなら付き合う。多少の残業は飲食店には付き物だ。だが今日は今日だけは。  恵梨は腰のエプロンのひもに手をかけた。  “だってそれが愛だろ?”  ニールセン男爵の言葉がどこからか聞こえる。  逃げ惑う街の人々とヒロイン(男)を護るためオピオタウロスの角に胴体を貫かれながらも、男爵は最期の力で角をへし折る。その時ヒロイン(男)が騙していた自分のためになぜそこまでするのかの問いに答えた名台詞。  店長は時間と未来が読めないアホだが、残りの揚げ物もくれるし、雨の日の駐車場代も出してくれる。何より私の不思議は発言をけして笑ったりしない愛すべき人間だ。  そんな人間を放って帰れるのか、いや否。マルコならここで帰りはしない。  「この三件。唯のお迎えに行く途中で車で置いていけます。店の財布は明日返却になりますが」  焼飯を仕上げて弁当箱に入れる店長の目から涙が溢れた。  「恵梨さん~」  恵梨は黙って、ただ頷いた。  「ちくしょう! 受けるんじゃなかったぜ!」  時刻は15時20分。  街は大渋滞。しかも今日は25日、いわゆる五十日(ごとおび)ビジネス的に、納品が多い月末の渋滞日だ。  配達を終え娘を学校の前で乗せた所までは良かったが、水泳教室のあるとなり街までが激混みで遅れは30分を超えていた。水泳教室は遅れても違う時間帯の子たちと一緒に指導を受けられる。でも私は……。  一向に進まない道に心が折れかかる。たかがゲーム。子供のいる私は今こそ本当の大人になる時なのかもしれない。  恵梨は動かない車内でサイドブレーキを引きブレーキペダルを緩め、ため息をついた。  「16時には間に合わなそーだねー」  そう呟いた唯の少しホッとしたような表情に恵梨は違和感を覚えた。  「水泳テストは遅刻ダメって先生言ってたし。合格のオレンジ帽子は来月だね。まぁどうせ……」  恵梨の視線にハッして唯は口をつぐんだ。  ワイパーの追いつかない雨音。真っ黒な空。前方の車の大行列に恵梨は視線を移した。  「どうせって何?」  「だって美玖ちゃんだって彩名ちゃんだって私より大きいから早くオレンジ行けたし、唯が頑張ってもどうせ無理でしょ。この渋滞みたいに」  車内を緊張の空気が支配した。  娘はあきらめようとしている。  ピカッと空が光った。  恵梨は突然アクセルを踏んでエンジンを軽く吹かした。 「ママね。モラリーンを助けるために今日中に絶対【バジリスクの瞳】を手に入れなきゃならないの」  娘の前ではゲームをしている姿を見せていない。唯はポカンとしていた。  再びエンジンを大きく吹かした。車が化け物のように唸る。 「残念だったね。唯」  恵梨は乱暴に左折ウインカーを出し、クラクションを出しまくった!  前方の車が気づき少しずつ間隔を狭め5メートル先の曲がり角まで開けてくれた。  母親のただならぬ気合いに唯は小さな手でぎゅうっとシートベルトを握りしめた。 「行くよ!」  渋滞の大通りを強引に開けた道を恵梨は突然勢いよく左折した。 【バジリスクの瞳】はその名の通りバジリスクの眼のことだ。ニールセン男爵がオピオタウロスを倒し平和が訪れたと思った刹那、大雨が襲い街に大きな影が落とされ巨大バジリスクが現れるのだ。邪悪で凶暴な大翼を広げ爬虫類の顔面に大きな鶏冠と鷲のような鋭い足爪。そして紫色のユラユラとした陽炎をまとった大きく見開いた瞳。   バジリスクは一定距離で見た人間をすべて石化する。  モラリーンの固有回復魔法リフレエクストラで治るのだが、なにせ見ただけで仲間が石化するのでキリがない。そこでメデゥサの鏡で反射して戦うのだが、バジリスクはとにかく町中を飛び回る。愛マンティコアのシゲルに乗り石化した人間を壊さないよう避けながら、猛スピードでバジリスクとの攻防を繰り返す。  恵梨は今、バジリスクとの激戦を思いだしていた。  渋滞している大通りを左折したのは無論、裏道を通るためだ。 恵梨はこの街を知り尽くしている。  マルコはマンティコアの背の上に立ちがった。  裏道も小道も、パチンコ屋の駐車場が市民センターの裏側に出る事も。  「ママは……」  聖剣を引き抜き構える。  家具屋の先が行き止まりに見えて小道がある事も、住宅展示場が線路沿いから川沿いの道に行ける事も。  愛マンティコアのシゲルは渾身の力で跳躍した。  「絶対……」  川沿いから橋を渡ると公園に繫がる石道になっていて自転車専用に見えるが実は奥に古い地下駐車場があって再び渋滞する大通りに出られることも。  マルコは更にシゲルの背で跳躍した!  「あ・き・ら・め・なーい!」  マルコはバジリスクの瞳に聖剣を突き刺し、そのまま巨大な体を引き裂いた。  車はあっという間に水泳教室まで200メートルの交差点に急ブレーキで着いた。  恵梨の毛髪が逆立つような気合いとジグザグ運転で揺れる車内で唯は戦慄を覚えた。  時刻は3時50分。あまりの集中で呼吸を忘れ恵梨は息を切らしていた。  「弁当配達員、なめんな」  だが、大通りは依然として渋滞。動かない。  恵梨が突如再びクラクションを鳴らし唯はビクついた。いきなり車を降り土砂降りの中を傘もささずに歩道まで行き、歩いていた親子に話かけた。同じ学校の美玖ちゃん親子だ。  戻ると助手席のドアを開けた。唯は絶句したままだった。  「美玖ちゃんママが教室まで同行してくれるって。私は駐車場に並ぶ」  唯はうつむいたままシートベルトを掴み離さない。  「唯。落ちることがダメじゃない、あきらめることがダメなの。マルコは200の人生の中で124回世界を救い、76回世界を救えなかった。でも一度もあきらめなかった。その戦いはどれも素晴らしかった!」  唯は豪風と強雨の中をレインコートも着ずぐちゃぐちゃになっている母親を見つめた。  「マルコって誰?」  「ゲームの主人公」  唯は初めて意味がわかってふきだした。  「げーむ?!」  「そうよ悪い?!」  唯はシートベルトを外すと傘をさして車から飛びおりた。  「それ面白いの?」  「最高」  「オレンジ取ったらやらせてくれる?」  「考えとく」  恵梨の返事ににっこり笑うと唯はガードレールの端から美玖ちゃん親子と合流し水泳教室に向かっていった。  食卓には食べ終わったカレー皿が二つ出しっぱなしになっていた。  「ばじりすくの眼はちゃんと持ってる?」  「あるわ。本当はここで【バジリスクの瞳】を使えば楽勝なんだけど使えない。でもさっき間一髪で助けたニールセン男爵の全体攻撃“斬撃輪舞”が効いてくる。おりゃ!」  時刻は22時を過ぎていた。旦那は残業するとメッセージが来ていて恵梨と唯はリビングの大画面テレビで『マルコ伝説4』をプレイしていた。  「よし!勝利! ちょっと唯、もう寝なさいよ」  「やだ、最後まで見る! こっからどうするの?」  唯は正座して動かない。  「こっから城ダンジョン進むと最奥にバルナールが変わり果てた姿で待ってるの。体の至る所に魔法使いを石に変え更に錬金して造った人魔石を埋め込んで、あらゆる魔法で無限に攻撃してくる。その人魔石の中にモラリーンもいて正規ルートだと一瞬だけモラリーンの魂が隙を作ってくれて倒せる。でも」  「でも?」  「ここでどんな石化も絶対効力で治す【バジリスクの瞳】を使うんだけど、100個以上ある体中の魔石のどれがモラリーンか探し出さなきゃならない」 恵梨は時計を再び見る。すでに22時23分。その前の中ボス戦に意外と手こずった。201個目のエンディング条件はログイン状態で【バジリスクの瞳】を使うこと。サイトは24時に閉鎖される。あと97分。  「普通に倒すだけでも30分はかかる。そして20個も魔石を壊すとモラリーンが目覚めて、どこかわからないままバルナールの動きを止めてしまう。だから……」  コントローラーを持つ恵梨の手に少し力が入る。  「ママなら出来る」  「うん」  ダンジョンをクリアしバルナールに何度も挑む恵梨と唯、しかし幾つ魔石を攻撃してもモラリーンは見つからない。時間は容赦なく流れ、23時40分を過ぎていた。恵梨は焦りコントローラーを持つ手が震えはじめた。  やだ。やだ!  私を何度も助けてくれたこの作品、最後のシーンをネット動画で探すなんて!  モラリーンは回復系の魔法使いだった。  いつだって私たちを助けてくれた。  マルコに恋した乙女だった。  バジリスクに石化された万人の呪いをすべて自分に集めて石になってしまった。  最高の涙と笑顔で。  モラリーンはマルコの成長を信じていた。  そこで判断の甘かったマルコは人間的に成長し、自分の眼に入る人はすべて救うと誓う。  また一つ魔石を壊した。バルナールの攻撃は強力でマルコの回復が間に合わない。また男爵が戦闘不能になった。もうマルコ一人だ。エリクサーも切れた。  痛恨の展開に恵梨は唇を噛みぎゅっと両目を閉じた。  「そこだ!」  声に驚いて振り返るといつのまに帰っていた旦那が寝落ちした唯を抱きかかえて画面に向かって指さした。  「右耳の後ろ!」  恵梨が画面を見るとバルナールのライオンのようなタテ髪の右耳の後ろで幽かに光るピンク色の何かを発見した。  あと一回かそこらの攻撃でモラリーンの魂の方が復活してしまう。もし間違っていたら。  緊張して震える恵梨の肩を目覚めた唯と旦那が優しく触った。  眼を閉じ軽く息を吐いた。  恵梨は【バジリスクの瞳】を選択し意を決してボタンを押した。  マルコは【バジリスクの瞳】を投げた!  その瞬間、画面が真っ暗になった。  恵梨は時刻を見て血の気が引いた。  0:01。  サイトが閉鎖した。  涙が溢れ出た。恵梨はうつむいて歯を食いしばって声にもならないうめき声をだした。  この所、夜中にずっとゲームを進めていた恵梨を見てきた旦那は事情を知っていた。  恵梨の体を強く抱いた。  「ママ!」  目覚めた唯が恵梨の体を揺り動かした。  暗転した画面がぱぁっと白く光った。  まばゆい美しく色とりどりの光彩花火のような光が天に向かっていった。  恵梨は赤くなった瞳を見開いた。  足元からゆっくりと画面に映しだされた。  唯と旦那の手の力が強くなる。  マルコの傷だらけの顔がアップになり唇が動く。  恵梨も同じタイミングで聞こえないほどの小さな声で呟いた。  「モラリーン」  舞い上がった光がバルナールの前に集中し一つになる。  固有絶対回復魔法ホワイトルーンを唱える声と共にモラリーンが現れる。  戦闘不能だったニールセン男爵や愛マンティコアのシゲルが蘇る。  「マルコ!今よ!」  恵梨にはわかっていた4人パーティーでしか使えない、ボス戦でしか使わない強力な合体技。恵梨はコマンドを入力して叫んだ。  「ジエンド」  バルナールは絶叫と共に光の中に消えていった。世界中でバルナールの呪いが解けてゆく。  スタッフロールとファンファーレが流れはじめる。  「やった! やったよ!!」  恵梨は子供のように飛び跳ねて唯と旦那を抱きしめた。  「でも、なんでだろ時間過ぎてたのに」  「パパがママが少しでも余裕持てるように全部3分位時計進めてあるんだよね」  「こら、裏切り者!」  恵梨は旦那を見つめると両手でグイっと顔を寄せ付けて熱いキスをした。  「こら、子どもの前で、おう」  「きゃー」  唯は寝っ転がって足をバタバタさせる。  バタバタする唯のとなりでランドセルにかけてあるオレンジの水泳帽が揺れていた。
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