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【第一章】温かな腕①
「――……?」
目が覚めても、私には一瞬そこが何処なのかがわからなかった。
私は、一体……?
混乱する意識の中、記憶を手繰ろうと幾度か瞬きをした時、私は、自分がひどく泣いていたことに気づいた。
目の前にある指が、何かをぎゅっと握り締めている。
「……」
そして私は全てを思い出した。
目の前にあるのは、ダルフェイの胸。
彼の服の胸元を、私は引き裂いてしまいそうなほど強く握り締めていたのだ。
慌てて手を離そうとしたが、相当に力が入っていたのか、すっかり白くなった指先はいうことをきこうとしない。
だが、自分を抱きしめる温かな腕……その感覚が恐ろしくて、私は身を捩って必死にそこから逃れようとした。
それに気づいたのか、ダルフェイはあっさりと自分から腕を解いてくれた。
「あ……ごめんね。その……ひどく、うなされていたから……」
「……」
「ラル……」
「……いいんだ。ありがとう」
別に、不快ではなかった。
まどろみの中では、私はむしろ安らぎさえ感じていた。
私を悪夢から救い出してくれたあの優しい温もりは、ダルフェイの腕だったのだ。だが……夢から冷めたとたん、私の心はそれらの一切を否定し、拒絶してしまう。
しかしそれは自らへの嫌悪であって……決して、ダルフェイのせいではないのだ。
ふと視線を下ろし、体にタオルが巻かれているのを見て、苦笑する。
それをどうとったのか、ダルフェイはすまなそうに俯いて言った。
「具合が悪いと言っていたから……君の部屋に行く前に、狩りでついた血の匂いを、落としておかなきゃと思ったんだ。その……君が入ってると気がつかなくて」
幼い頃はほとんどまともにしゃべれなかった彼も、今では、人並みに言葉を操ることができるようになった。
もうすぐ、背丈も追い抜かれるに違いない。
彼が大人になった時、私はこの未熟な精神のバランスを保ちつづけることができるのだろうか。
私が黙っていると、ダルフェイは戸惑いながら、続けて言った。
「あの……その、ラルムは……女の人なの?」
予期していた問いに、それでも私は一瞬体を強張らせずにはいられなかった。
何故だかまた涙がこぼれ落ちそうになり、私は慌てて顔をそむける。
できれば、誰にも知られたくなかった事実。
それがたとえダルフェイであっても……打ち明けるのは恐ろしかった。
自分を落ち着かせるために大きく息を吐き、声が震えてしまわないように腹に力を込めた。
「違う。……だが、男でもない」
そう……それこそが、私の最大のコンプレックス。
人間でもなく、エルフでもなく……男でも女でもない、このおぞましい身体。
普段はきつくさらしを巻いているこの胸には両の乳房があり、下半身には男女両性の生殖器を持っている。
真性半陰陽――。
それが、私に与えられた性だった。
子供の頃は男の子にしか見えなかった体も、成長するにつれて徐々にありえないはずの変化を見せていった。その時の不安、恐怖……そんなものを、ダルフェイに理解しろといっても無理だろう。
絶対に知られたくなかった秘密。
永遠に気づかずにいたかった、自分自身の真実。
しかし、全てをあばかれてしまった今、私の心は意外にも平静だった。
空虚にも似たこの感情を……人は、安堵と呼ぶのかもしれない。
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