奪われた愛しい唇

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 僕の言葉に少し考え込んでいた篠森さんが「事実確認した方がいい」と言った。 「本当に怜央が郁美くん以外の恋人や番が居たら、その時は俺が責任を持ってぶん殴ってやる。あれだけ郁美くんを溺愛しておいて……許せねぇよ」  少し憤ったような口調でそう言った篠森さんの言葉に、僕は頷いて事実確認する覚悟を決めた。  僕から少し距離を立った篠森さんが、スマホを取り出して何処かへ電話している。  数回言葉を交わすと直ぐに電話を切った。 「内線で怜央を呼び出して中庭にくるよう伝えた。直ぐ来るってよ。急ぐように伝えたから、少しだけ待っててくれ」 「すみません……」  項垂れているとポンっと背中を優しく叩かれた。 「前に言っただろう。怜央のことで何かあったら頼ってくれってな。俺も葵生もお世辞やその場の雰囲気で言ったわけじゃない。だから謝らなくていい」  篠森さんの言葉に俯いていた顔を上げると、歯を出して笑う顔が側にあった。とても心強い彼に僕はお礼を伝えた。  そして暫くして近くに迫る足音が聞こえてきた。 「久志と……郁美……」 「お前何で俺がここに郁美くんといるか分かってるのか。自分のしたことちゃんと理解しているんだろうな」  篠森さんは掴みかかりそうな勢いで、怜央に強い口調を投げかけた。これほど怒ったところは見たことがない。 「僕の話を聞いてほしい……あれは違うんだ」 「何が違うのか今ここで、俺と郁美くんの前でちゃんと話せ」  怒鳴るような声を出した篠森さんに、肩を竦ませた怜央がぽつりと話し始めた。  僕がお弁当を届けに来てくれると喜び勇んで仕事を済ませて、着いたという連絡で所長室を出たらしい。  そこに現れたのが研究に何度か協力をしてくれていたΩの男の子だったそう。 「彼から話がしたいと言われたけど、今から郁美と会うから急用でなければアポを取ってもらうように頼んだ。でも今でなければダメだと言われて、廊下で少し話した……」  怜央は苦渋で表情を歪ませて言葉を続けた。 「そして急に彼が僕にキスをしてきたんだ。ずっと好きだったのに番を作り結婚までするのが許せなかったと言われた。その現場を郁美に見られてしまった。ごめんなさい。僕の警戒が足りなかった」  彼の言葉に何も返せなかった。ただ俯いて溢れ出る涙が床に落ちるのを見つめた。 「もしかしてお前にキスした相手って、あの匿名レモンか」 「うん。彼だった。こんな事になる気がして出禁にしたのに……」 「俺の次は怜央に手を出したのか。本当にタチが悪い……」  篠森さんも知っている相手のようで、呆れた声を出した。  溢れ出る涙を何とか止めて、僕は真っ直ぐ篠森さんに問いかけた。
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