1. 特別な夜

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1. 特別な夜

 ハンゴンサマに最初に会ったのは、僕が十歳になった夏だった。  お盆で遠方に住む親戚達も我が家に集まり、従兄妹同士で過ごした楽しい数日間のあと、その日はやってきた。  その特別な夜は、毎年訪れていたらしい。ただ、例年なら僕も弟と一緒に近所の従姉の家に預けられていて、知らなかっただけなのだ。 「今日はお前は家にいなさい」  その夏、父に命じられて、三歳下の弟だけが従姉の家へ行くことになった。  家に残っても何か仕事があるわけでもなく、昼間はぶらぶらと家の中をうろつき、時に父や祖父に命じられて玄関を掃いたり、廊下の雑巾がけを手伝ったりしていた。  午後になると、玄関、廊下、奥座敷はぴかぴかに磨き上げられ、座敷の床の間には菊の花が活けられた。  母は祖母と台所でご馳走を作っており、誰か大切なお客があるということはわかった。  夕方近くになると、近所の酒屋のおじさんが、「今日はハンゴンサマの日だね。よろしく頼むね」と、上等の角樽酒を届けに来た。  そのあと、魚屋のおじさんが、「いいのが入ったから、これをハンゴンサマに」と綺麗に刺身にした鯛を届けてくれた。
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