虚実の時

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セザールにはエレナという恋人がいた。 二人は、お互いに信頼し愛し合い、当然、結婚することを考えた。 しかし、二人の間には、純粋な想いだけではどうにもならない高い壁がそびえ立っていた。 セザールは、地元でも有名な名家の息子、一方、エレナは、病弱の母親と幼い弟や妹を抱える、貧しい下働きの娘だったのだ。 「セザール……もう喧嘩はしないで。 あなたのご両親がおっしゃることはもっともなことだわ。 あなたと私では、身分が……」 「またそんなことを言う…! 人にとって一番大切なのは、身分なんてもんじゃない。 信頼や愛情じゃないのかい? 僕の両親だって、ふだんはそんなことを言ってるくせに、だったら、どうして僕と君のことをあんなに反対するんだ!?」 「それは仕方のないことだわ。 あなたは、カヴァンナ家の跡取りですもの。 私みたいな者が、あなたの妻になれるはずがないわ。 私はもう諦めているの。 しばらくの間だけでも、あなたとお付き合いが出来ただけで感謝してるのよ。」 「エレナ…そんなことをいうのはやめてくれ! 僕には弟達だっている。 後継の心配なんてないさ。 僕は、絶対に君とのことを諦めたりしない! 僕が愛しているのは君だけなんだから。 絶対に、僕は君と結婚する! 君と君のご家族を幸せにする! どうか、お願いだ…僕のことを信じてほしい!」 真っ直ぐなセザールの視線が眩しすぎて、エレナは目を逸らしそっと俯いた。 「エレナ……?」 「……セザール、あなたの気持ちは少しも疑ったことはないわ。 でも、無茶なことはしないで…… さっきも言った通り、私はもう……」 「エレナ!」 俯くエレーヌの背中に、セザールの温もりが広がった。 「どうか、あと少しだけ待っていて。 そして、どんなことがあっても、僕のことを信じて……」 「セザール……」 エレナの耳元で囁かれた声に、彼女はたとえようのない不安なものを感じた。 セザールが何か無茶をしようとしているのではないかという想いがどんどん大きくなるのを感じながらも、それを口にすると本当にそうなってしまうのではないかという妄想にも似た恐怖に何も言うことは出来なかった。
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