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借りた傘の礼は、形式上は返した。今思えば、菓子折りの一つや二つあれば良いのだが、こういう所が独り身の由なのだろうか。
例え唐変木だろうが、聞かねばならない。
「――お名前を伺ってもいいですか」
いい歳した男が、何を恥ずかしがっているのか。散々販売の仕事では営業噺をしている癖に、何を今更。
私の上目遣いを見て、女は微笑みながら答えた。
「私は、望月甲斐と申します」
相変わらずよく通る、凜とした声である。『かい』は、甲州の甲斐と同じ字だという。
「私も、お名前を伺っても宜しいですか」
「僕は、新井和仁と言います」
恐ろしく幼げな自己紹介に思えた。
「歩いて十分くらいなのに、昨日、初めてお目にかかりましたね」
甲斐は悪びれない様子で問いかけてくる。
確かに会ったことはない――。
それもそのはず、私の付き合いはそんなに広くない。借家の近所三軒程度である。知らせが何か回ってきても、そこまでだ。
しかし、歩いて十分という近所であるのに、全然意識に止めていなかったことは、やはり申し訳なかった。
――だから、色々と話をしたかった。
「ところで、海外の新聞を仕入れるのは、大変でしょう?」
多くの新聞の日付は歯抜けである。
一週間飛んでいるものもあれば、連続しているものもある。そもそも月刊新聞のように、一年分全部余っているものもあった。
書籍の方は、至極真っ当な本屋の印象だが、最新の雑誌類はほとんど置いていなかった。街の本屋というより、まさしく古書店の風情である。
もっと言えば、本屋なのに、本より新聞の方が多いのではないか。
「もともと、父の知り合いから仕入れていたんです。顔だけは広かったんですよ」
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