彼と彼女の話10

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彼と彼女の話10

 さて。時は遡りこの日の朝十時。  全くもう。と、受付嬢はぷりぷりしながら朝の街を闊歩していた。朝六時に友達から連絡が来た。彼と喧嘩をした。話を聞いて! と。昨日自分だって飲み会で遅かったのに。とは思ったけれども仕方なく朝の七時にファミレスで落ち合った。そして朝から愚痴を聞きまくった。もうお腹いっぱい。全然寝てないみたいだし、どうも少し飲んでいるっぽいし、言っている事も滅茶苦茶だし、話を聞くだけ聞いて「帰りなさい」とファミレスを追い出した。朝のファミレスでぎゃんぎゃん泣かれても迷惑だから。と。  まー。それにしても拗れてるなー。と思う。彼氏が女の子二人で飲みに行っていたとかなんとか。彼氏の言い分としては友人と付き合うよりずっと前から友達だったんだから下心はない。彼女ができたら友達を捨てなきゃならなんのか! という…ありがちと言えばありがちな話。もう、お互いの価値観が合わなきゃしょうがない話だけどどうなる事やら。  あー。お腹空いたな。と思う。ファミレスに着いたら何か食べようと思っていたのに、メニュー見る前からあーでこーでと話が始まってしまったのでドリンクバーしか注文できなかった。疲れた。どうしよう。家に帰るか、何か食べるか。  折角出てきたんだし、ちょっとぶらついて帰るか。そう思ったら聞き覚えのある声が聞こえてくる。 「梨央ちゃん」  …ん?  と思って顔を向けたら昨日の二人が見えた。え? 何? 今日もデート? …と、思いながら不自然にならないように通り過ぎ、少し離れた場所で二人を見る。私服の彼はスーツの時と印象が違い、随分幼く見えた。彼女もいつもよりおめかしして楽しそうに笑っている。端から見れば可愛いカップルだ。何かを話してから歩きだす。自分の方には来ないで、反対側の階段の方に。意外にも手も繋がず腕も組まずに。  何? 昨日デートできなかったから今日は朝から会う事にしたってか。お熱いですねぇ。朝っぱらから落差に眩暈がするわ。そう思いながら歩き出した。  さて。どうしよう。と、モールに入ってふらふらと歩く。あー。欲しい雑誌の付録があったんだ。今日買っちゃおう。でも、持ち歩くのは重いからそれは最後にして。  ん? 洋菓子の催事販売があるのか。美味しそう。今日は自分にもご褒美があっても良いよね。そう思いながらそこに向かった。  だから何でいるの。と、催事場の見える場所で受付嬢は思った。あんたら反対側に歩いていったじゃん。…あー。階段上ってこの階に入ってきたのか。なるほどなるほどと一人で納得した。モールにいるとなると出た方が良いな。はち合わせしたら気まずい。本を買ってさっさと出よう。でもお菓子見たかったなぁ。先に本を買って戻ってくるか。  そんな事を考えた受付嬢の目の前で、二人は何か話をしている。その彼女の肩がびくっと強張り、顔が明らかに赤くなった。え? お菓子を買うのに赤面する事ってある? 何なの? そう思いながら深くは考えるまい、と一旦洋菓子は諦めて本屋に向かった。  そして雑誌を手に取って我に返る。あ。これ買ったら荷物になるんだってば。帰る前に買おうと思っていたのに動揺してうっかり来ちゃった。どうすっかな。ここを出るにしてもまだ歩くなら持ち歩きたくないし…。  あー。  重い。止めるか。と、持ち上げた雑誌を戻した。そして本屋から出ると、これまた見覚えのある顔が見える。またかい。と思ってその視線の先を追ったらあの二人もいる。何なの? 何かの呪い? 怖。 「おはようございます。先輩ー」  と、声を掛けたら「うお」と声を漏らして先輩は目を丸くした。そして「え? え?」と二人と受付嬢を見比べて呟く。あー。そうですね。異常ですよね。この状況。そう思いながら先輩に言った。 「何してるんですか? こんなところで」 「いや。え? 何? どういう事?」  先輩動揺しすぎだろ。そう思いながら二人に視線を移したら、何も知らない二人は相変わらずにこにこしている。もういっそ清々しいな。と思った。 「私とあの二人は無関係です。たまたまこうなっただけで。で? 先輩はどうしたの?」 「え? たまたま? たまたまとかある?」  昨日に引き続き? という気持ちが透けて見えたけれどそっちだって同じでしょ。 「そんなこと言ったって先輩だってここに来ちゃってるじゃん」 「いや、俺はたまたま」 「だから私もたまたまなんですってば」  さっさと信じろ。と思いながら強い口調で言ったら二人が移動したのが見えた。あー。今度はどこに行くんだよー。  …むぅー。と唸って決めた。こうなったらこっちから行ってやる。その後ろで「ええー?」と呟いた先輩。暫く立ち尽くした後、その受付嬢の後を追った。  その後、二人はレストラン街に行ったけれども混んでいたから諦めたようだ。別の階に移動し、ふらふらとし始めた。雑貨屋に入り、彼女を赤面させてから持っていたものを買って、それに困ったらしい彼女を服屋で着替えさせている。…あら。青井君良いセンスしてるじゃん。そうそう。梨央ちゃんそういう服絶対似合うと思ってた。足の形もスタイルも良いんだからもっとそういうの着ればいいんだよ。  …と、思っていたらまた彼に何かを言われて彼女は赤面をしている。えー? 一体全体どういう事なの? ねー。そんなに頻繁に赤面させることある? ちょこちょこと梨央ちゃんに何言ってるの? あっちでもいちゃいちゃ。こっちでもいちゃいちゃ。最早いちゃいちゃしていない時がない。 「…我々は何を見せられてるんですか」  勝手に見ているのに呟いた先輩の前。…げふ。と、受付嬢が息を吐いた。そして口を押さえて振り返る。 「もう駄目だ。砂糖吐きそう」  気持ちは分かる。と、先輩は頷いた。胸焼けしてきた。その隣で受付嬢は朝御飯も食べていなかったことを思い出す。お腹空いたし、空きっ腹に砂糖を詰め込みすぎて気持ち悪い。何か食べに行こう。 「あー…えっと、鈴…」  と、言いかけて止まる。そして気を取り直したように言った。 「そういえば先輩。何でこんなところにいるの?」 「いや。何でって…」  確かに誘われてはいないけど、あの流れで帰れないだろ。と思いながら苦笑い。 「何か用事あったんじゃないの? 大丈夫?」 「別に何も。ちょっと買い物に出てきただけで」 「あ、そうなんだ。じゃあ何か食べに行きません? しょっぱいの」  良いですな。と頷いた。 「賛成。ラーメンとかうどんとか食べたいかも」 「良いですねー。お出汁いっぱいのスープ…」  と、同意しかけた受付嬢は、不意に黒板の前で止まった。 「いや、今はワイルドにかぶりつきたいな」
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