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同級生
下校のチャイムが鳴って、黒崎隆一は読んでいた本から顔を上げた。
午後六時である。気がつくと図書室を利用しているのは黒崎だけで図書委員も帰ってしまっていた。
もうすぐ戸締り担当の先生がやってくる。もし見つかったら「さっさと帰れ」とドヤされる。そうなる前に帰らなくては。
黒崎は慌てて読んでいた本を片付けて図書室を出た。廊下の窓から夕陽が見える。あれが沈んでしまえば急激に暗くなる。
階段を駆け下り校舎を抜けて校門へと向かう。すると見覚えのある後ろ姿を発見した。
「菅さん!」
黒崎はその背中に向かって話しかけた。
「なんだ、リュウか」
「お疲れ様です」
黒崎は走り寄って菅の隣りに並んだ。校門を出てから駅までは約五分ほどの距離である。
菅と黒崎の家は、同じ方向の電車に乗って三つ先と五つ先だった。
「帰宅部のお前がどうしてまだ残っているんだ」
「ちょっと図書室で本を読んでまして」
「小説か?」
「いや、漫画です」
「ふーん」
菅の興味はそこまでだったようで、それ以上の詮索をしてこなかった。
黒崎は改めて菅を見た。
菅良人。身長は高い方ではなく黒崎よりも少し低い。けれど、その体躯はがっちりとしている。中学の頃から柔道を続けている者の身体つきだった。
「部活はどうですか?」
「どうって?」
「順調かなーと」
「ああ、いいぞ。身体を動かして汗を流すのは。リュウもやってみればいい。なんなら俺が鍛えてやる」
「いや、俺は運動苦手なんですよ」
「苦手? お前、たしか去年の長距離マラソン大会でベストスリーに入っていなかったか?」
「まあ、走るのは嫌いじゃないんですけれどね」
謙遜する事でもなければ相手でもないので黒崎は素直に答えた。実際、何も考えずに走り続けるのは好きである。
「得意なものがあるなら、本気になってやってみればいいじゃないか。リュウが陸上部に行くなら、多分歓迎されるぞ」
「俺はいいッスよ。かったるいし」
「かったるいか」
黒崎の返答を聞いて、菅はなぜか少し残念そうだった。
駅の改札を抜けてホームに出るとミッちゃんがいた。
三井遼平だからミッちゃん。サッカー部のレギュラーでフォワードを担っていて、女子に人気があった。
「お疲れさん」
「おう」
「お疲れ様ッス」
菅と黒崎が返事を返すと「リュウは疲れてねぇだろ」と三井はいつものようにツッコミを入れてきた。
「疲れてますよ。くたくたです」
「どうせ図書室で本でも読んでたんだろ」
図星だった。
電車が来たので乗り込む。三人とも帰る方向は同じである。
吊り革を握った黒崎はなんとなく提案してみた。
「カラオケでも行きますか?」
「わりぃな、今日は母さんが遅くなるらしいんで、俺がメシを用意しておく約束になっているんだ」
菅は中学の時に父親を病で亡くしていて母親と二人暮らしである。
その母親との約束があるとなれば強引に引き止めるわけにはいかなかった。
「ミッちゃんはどう?」
「俺は大丈夫だ。サシで行っちゃう?」
「じゃあ、行きますか」
行きつけのカラオケ店のある駅は一つ隣りの駅である。
黒崎と三井は次の駅で降りることにした。
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