第6章 わるい夢

10/10
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
恐怖や支配や強制で従えるんじゃなくて、選ばれた女性の家族にも一等いい家を与えて配給もいいものを最優先で。本人たちも皆から憧れ(と、距離を置いた敬意)の眼差しを向けられて。あれが集落でトップクラスに美しくて魅力的な女性たち、と遠巻きに見つめられ男たちに熱狂的に求められる。 例え途中で子どもが産めなくなってもそれとは関係なく生涯安泰な生活も保証されるし、不自由を感じることは何もない。…それなら喜んで引き受ける。っていう人が多数派なら。制度としてそんなのおかしい、間違ってる。なんてわたしが声を大にして主張するのも。筋が違うだろうし…。 そんなわけで、研修を受けて以来わたしはサルーンに対して微妙に複雑な気持ちを持ち続けている。だけど、今後それが問題になるようなことはないだろう。 選ばれなかったわたしはあそこのことをもう忘れてもいい。接点はこれから生まれる余地がない。 このあとの人生でサルーンのことをわたしが意識することがあるとしたら、いつか結婚したときに夫があそこに通ってるな。と何となく察知してしまうときと、将来縁あってあそこで生まれた子を里子として引き取るとき。考えられる可能性はせいぜいそれくらいじゃないだろうか。 …いや、あとは現在高校生の妹が卒業してサルーンに抜擢される可能性が残ってるな、一応。だけどあの代には集落でも名の轟いた他を圧する有名な美少女が一人いるし。 少しミーハーなうちの妹は自分が選ばれたい気持ちがなくもない様子なんだけど、母はあっさりとあんたの代は愛梨沙ちゃんがいるから。お裁縫が嫌なら食品工場にでも就職しなさい、その方が絶対いいわよ。自分で選んだ好きな男の人とも結婚できるし。と遠慮なく言い聞かせてるので、だんだん本人もそれもいいか…と納得し始めてるようだ。 そうなると、わたしはいよいよサルーンのことを考える必要がなくなる。そういう意識もあって、今回高橋くんがやって来るまでほとんどあの場所にまつわるさまざまなことを全部うっちゃらかして忘れかけていた。 あんまり思い出したくないことまでうっかり思い出しちゃったな。と何とも複雑な気分になりながら、それでもやっぱりあんな記憶は特に何の意味もないものなんだから。 完全に頭の外に放り出して二度と思い出さない、ってのも難しいのかもしれないけど。脳裏に甦ってくるたびにまた何度でも遠くに押しやる。それを繰り返してるうちにいつしか本当に忘れることができるかもだし、それまで根気よく忘れ続けるだけだ。と胸のうちで呟いて、高橋くんの隣で台車をがらがらと押し続けた。 《第4話に続く》
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!