怒哀と喜楽

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 AI法なる害悪な新法が制定された事により、私の様な被害者が生み出された。  人工アンドロイドS2型。品名は『アイ』。  来たるべく近未来のAI時代に備えた試走として、日本の高等学校の内、政府が独自の調査を行った上でAIにとって最適な環境と認定された5校に、私たちは送り込まれた。  限りなく人間に近い外見の実現に成功した私たちであれば、人間との共存も円滑に進むであろうと想定した上での試走であった。  私には日本で一番多い、『佐藤』という名字があてがわれた。その事に特に不満があった訳ではないが、無理に人間に寄せる事に何の意味があるのかと疑問を抱いていた。  私は何処まで行ったとしても人工アンドロイドに違いない。この先、何年、人間社会で暮らした所でそれは変わらない。事実、今日から突如として私のクラスメイト認定された人間たちは、戸惑いの色を隠せないでいる。それならば、初めから余計な気遣いなど不要である。私はあくまで、新法のせいでここに連れてこられた人間ではない存在で良い。本心から私はそう思っていた。  しかも私には致命的な欠陥があった。人間の感情を構成する四大要素の内、二つが欠落しているのだ。プログラミング段階で、それは明らかになっていた。私には喜怒哀楽の内、喜と楽がない。私の感情は、怒と哀のみによって構成されている。そんな存在が人間から受け入れられる訳もなく、私は初日から早々孤立していた。  しかし、これはクラスメイトたちに非はない。彼らは私と積極的にコミュニケーションを図ろうとしてくれた。色とりどりの眩しい笑顔を私に向けてくれた。でも、そんな彼らに対して私は「話しかけないで」や「放っておいて」と仏頂面で言い放ってしまった。私には怒りと哀しみの感情しかないから。  昼休憩になり、クラスメイトたちが各々のグループで弁当を食べる中、私は一人で座っていた。孤独。哀しみ。不思議と怒りの感情は湧かなかった。その代わり、猛烈な哀しみが私の胸を抉った。ここにいたくない。でも、それは許されない。誰か、私を助けて。私が自分の置かれている状況に絶望していると、慌ただしく教室へと駆け込んでくる足音が聞こえた。 「わあーー! 遅刻だ。ごめんなさい、ごめんなさい」  何処かの誰かに謝罪はしているものの、その言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべている男子生徒が、私の目に飛び込んできた。  そんな慌ただしい登校シーンにも関わらず、クラスメイトたちはまるで、その男子生徒が存在しないかの様に何の反応も示さない。私は瞬時に察した。彼もこのクラスの中で孤立をしているのだと。事実、教室に出来上がっている全てのグループに対して笑顔で「おはよう」って言って回る彼に、誰も挨拶すら返していない。  しかし、そんなクラスメイトたちの反応を見ても、彼はニコニコとした表情を一切崩さない。全てのグループに挨拶をし終えた彼は、ようやく私の存在に気が付いた。彼は一目散に私へと駆け寄ると、先程までのクラスメイトたちとは異質な笑顔を浮かべたまま、声を掛けてきた。 「あれっ? 君だれ? 転校生??」 「誰だっていいでしょ?」 「えーっ! 何で怒ってるの? 何で何で??」  何の遠慮もなく、土足で私の中に踏み込んでくる彼に大きな怒りの感情が湧いた。 「うるさいわね! 私だって怒りたくないよ。仕方ないでしょ? 怒りと哀しみの感情しかプログラミングされなかったんだから。私だってあなたみたいに笑いたいよ。でもできないんだよ!」   完全に八つ当たりだ。彼は悪くない。何の事情も知らなかったんだから。  私が大きな声を上げた事で、一瞬だけクラスメイトたちの視線が集中した。しかし、すぐさまその視線は各々の世界へと分散された。ただ一人、目の前にいる男性だけ、変わらず私を見つめている。私の言葉を聞いてもなお、満面の笑みを崩そうとしない。 「ねえねえ、君、名前何ていうの?」  まるで、先程の私の言動が何もなかったかの様な反応だ。私は何故だか、そんな彼に名前を打ち明けたくなった。 「アイ」 「へー。いい名前じゃん。俺はナオキ。俺は君が羨ましいよ」 「何処が羨ましいの?」  私は彼の言葉の真意が気になった。 「俺さ、生まれつき喜びと楽しみの感情しかないんだよ。障害らしくてさ。怒りと哀しみを知っている君の事が凄く羨ましい」  彼のこの発言は、果たして喜びと楽しみでしか構成されていないのだろうか? 「あっそれじゃあさ、俺たち友達になろ? お互い、ないものを補い合えるしさ。もしかしたら一緒にいる内に、新しい感情が芽生えるかも知れないし」  人間ではない私に何て無茶な事を言うんだと、小さな怒りの感情が芽生えていたが、それと同時に喜びでも楽しみでもない新しい感情が、私の中で産声を上げていた。
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