三章:のえるの在処

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「はっ!? 私、気づいたんだけど……」 「き、気づいてしまいましたか……」 「何の疑問も解消されてない!」 イリスは微笑んだ。驚きをおくびにも出さずに「そうですね」とだけ添えて、目に見える地雷にそっと土を被せた。 「具象領域レベルで、あの局面を打開できる筈がないんだ。なのに、通じた。よくよく思い返してみれば、変だ。のえるは明らかに勝算がある様子だった、気がする。どうして?」 「前者に関しては結果から逆算できるよね。通じたからには、同じ土俵に立てていたって事でしょ。そして、それは本当に僕の……僕だけの力だったのかな?」 我武者羅に死線を彷徨っていた菖蒲の記憶は本人が思うよりも霞んでしまっているが、目を凝らすようにして少しずつ思い出していく。 ――恵流から渡された物。菖蒲が食べた物。それは馴染みのある苺のフォンデュではなかった。切り分けられていたのは、ショートケーキでもない。甘く、ほろ苦いチョコレートのロールケーキだった。 「ブッシュドノエル」 直訳してクリスマスの丸太。この場合は『のえるの丸太』になるのだろうか。そう考えて、菖蒲の口元は知らず笑みの形を作る。 「それが、いつかのいつものように私のシンボルカラーの強度を押し上げた――」 菖蒲の熱と恵流の熱が合わさり、有り得ざる領域へ。それこそが双方向の作用の本領。そもそも、恵流の潜在色(シンボルカラー)は一人で完結するようには設定されてはいないのだ。それは、誰かと共に在ろうとした者が至る極致。 「――Sランクエフェクトに」 ようやく、核心に触れる。あの時、菖蒲の頭の中に響いた通知(アナウンス)は確かにそう告げていた。 「え、Sランクって何? 努力次第では独力でも届いたりするの? 大体どれだけ強かろうと、それでも物語の魔法未満の単なるエフェクトの範疇なのでは?」 「結果が全てだよ。これも憶測に過ぎないけど、行使したのが物語の魔法とやらを扱える菖蒲だったって言うのがあるのかもね」 「あ、そうか。物語の魔法も元を辿ればエフェクトだから……」 「あるいは、SランクのSに含みがあるとか。例えば、何かの頭文字を取っているとしたら?」 なるほど! どういうこと!? 口から滑り出そうになった言葉を飲み込んで、菖蒲は膝の上で両手を握りしめる。 「私、なんて不甲斐ないんだろう。こんな時でも思う。こんな時だからかな。ここに七色がいてくれたらって……!」 さぞや紙幅を取らないテンポの良い情報のラリーが行われた事だろう。情景が目に浮かぶようだ。恵流もそう思う。 「でも今ここにいるのは君なんだ。バナナさんはいないんだよ。また無駄に話を脱線させて、反省の色が足りてないんじゃないかな」 「じゃあ私にも分かるように、のえるが配慮してよッッッ!」 菖蒲は切れた。痛切な訴えでもあった。恵流もまた話を長引かせている一端を担っているのは覆しようのない事実でもあった。 「シナリオ。いや、ストーリーかな」 菖蒲の限界を感じ取ったのか、恵流は要求に素直に従うことにする。 「何が!?」 「Sの意味だよ。物語(ストーリー)(ランク)……それそのものが物語の魔法だとすれば、一応の理屈には敵うでしょ?」
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