三章:のえるの在処

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「絆を扱う能力って主人公みたいで素敵だよね。僕に似合うと思わない?」 「ごめんって」 「決定的な発言を避けたとしても、意図する所が相手に伝わっている時点で失言は失言なんだよね」 「だからごめんって!」 「僕は別に気にしてないよ。気にしているのは菖蒲だけだ」 これが恵流でなければ虚勢に見えるだろうが、当人は至って本音で言っているからより性質が悪い。だから菖蒲は勢いで誤魔化すことにした。 「とりあえず、のえるのアレについては理解した! と、思う!」 「いい加減に冗長になっていたからね。それはもう噛み砕いて説明した甲斐があったよ」 「そうだね。丁寧に過ぎるほど丁寧だったから、重ねて質問する必要、も……?」 ――はて? と、菖蒲は訳も分からないことに遅れて首を傾げる。おかしい。これは、既視感だ。 そう。いつだったか、やけに饒舌に種明かしをする恵流に七色が鋭い指摘をぶつけていた事があっただろう。 「こういう時、のえるは真実で別の真実を覆い隠そうとしている……あ」 そして、菖蒲が行き着いた疑問は常人が辿る道筋を幾つか飛ばしていた。常軌を逸した直感が、菖蒲を導いた。 「今、何周目なの?」 「二周目の二周目じゃないの?」 そう。二周目の二周目である筈だ。菖蒲はそう思っていた。そう考えていた。そう思い込んでいた。 「そう、だね。もし、そうじゃないのだとすれば……私にそう思い込ませることができるのは、のえるだけだ」 ――終末の風景で、一度目の二周目の菖蒲に失敗を言い聞かせたのは他でもない恵流なのだから。 「まるで僕が君を騙しているのは規定事項みたいに言うんだね」 「今は私が、のえるに聞いてるんだ。今、何周目なの?」 そう。それらしい理由を見繕っては理解に落とし込んでいたが、恵流に違和感があったのは今に始まった事ではなかった。 「僕が数えるのも馬鹿らしい程度には、この物語を周回しているのは君から聞いたことだよ」 恵流は嘘を吐かない。(カタ)る言葉は、それでも真実を外れてはいないのであれば――。 「質問を変えるよ。私の……鶴来菖蒲の二周目が初めて失敗した周回から数えて、今は何周目なの?」 「はぁ。随分と横暴な態度を取るんだね。二周目の君が知らないことを僕が答えられるとでも?」 「答えられるんでしょ?」 「無理かなぁ」 恵流が無邪気に笑う。菖蒲に無言のまま伺いを立てられたイリスが「偽りはありません」と回答する。 「そっか」 ――菖蒲は何方でも良かった。イリスが此処にいて、恵流も此処にいる。それは菖蒲に一つの示唆を齎している。 「イリス」 「はい」 「もう少し早く会いに来てくれても良かったんだよ。なんて、嫌味に聞こえるかな」 「……っ」 菖蒲は知っている。菖蒲の記憶が確かであれば、イリスが菖蒲達の世界に現れたのは『真実の結末に到達した直後』ではない。 菖蒲は知らない。イリスがこの世界の何処で目覚めたのか、菖蒲ですら定かではない。 だが、繰り返そう。菖蒲は何方でも良かった。聞かずとも分かっていたのだ。二人に悪意はない。 「私は知らないままでいなければいけなかったんだ」 菖蒲の為でないにしても、誰かの為ではあるのだろう。”眼前の光景を前にしても”、菖蒲はそう信じて疑わずにいる。
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