裏切り

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裏切り

 いやいや、おちつけ。  回らない頭でなるべく冷静に考えを巡らせる。  春華と亜紀が住んでいる所は確かに近い。もっと言えばアパートが隣同士。部屋の中に居たら、普通に考えてそんな場面見える筈がない。  嘘をついている? でもそれは何の為? 「でも部屋からじゃ見えないよね? 外出でもしてたの?」 『あー……うん。朝6時前にリンちゃんの散歩をしてて、それで』  リンちゃんとは春華が最近飼い始めたトイプードルだ。本当に可愛くて、何度か悠ちゃんと一緒に家にお邪魔して遊ばせてもらった事がある。  不意に浮かんだ疑問が解消され、親友を少しでも疑ってしまった自分を心底恥じる。 「ごめん、ちょっと疑った。なんかもうダメ。今日は誰の言うこともすぐ信じられないかも」 『いや、それはしょうがないと思う。色々混乱してるのに変なこと言ってごめんね。でも見たのは事実だから……今度亜紀に話聞こう』 「そうだね。じゃあ、また」  電話を切り、背もたれに力なく身体を預ける。  亜紀の家に入って行ったってどういうことなんだろう。  亜紀とは保育園時代からの幼馴染で、小中高と大学以外はずっと一緒だった。誰よりも信頼のおける友人だ。一方悠ちゃんは高校で出会った。短期間だった上に彼は他の女子とあまり話すタイプではなかったし、亜紀と2人で話す所を目にしたことなど一度もない。私が一緒にいる時、数人で話す機会は何度かあった気がするが。  いつの間に仲良くなったの? それに部屋まで行く仲ってどう考えても……。  嫌なことしか思い浮かばない。結婚式当日に居なくなり、連絡もつかないなんて答えはひとつしかないじゃないか。  頭では分かっていても心の整理がつかない。  おもむろに先程手放したスマホを拾い、悠ちゃんへ電話をかける。電源を切っているらしく繋がらない。それでも諦めきれなくて何度も何度もかけ直す。 「……んでだよ、出ろよ!!!」  怒りと悲しみで震える手でスマホを力任せに握りしめる。  視界がぼやけている。泣いている事に気づいた時には、大量の涙が頬を伝っていた。  悠介も亜紀も大嫌いだ。  亜紀なんて式場でもLINEでも心配する振りをして、心の中では笑ってたんだ。最低。  まだ亜紀の家に居る事を確信した私は居ても立ってもいられず、もう夜の9時だというのに春華の家へ向かうことにした。証人として、一緒に亜紀の家に行ってもらう為だ。迷惑かもしれないが、今日だけは許して欲しい。  10分ほど車を走らせて着いた春華の家。階段を駆け上り、息を切らしながら躊躇せずにインターホンを押す。アポなしだったが、もうなりふりかまっていられなかった。  やけに静かだ。部屋の電気は付いているみたいなのに、出てくる気配はない。  寝ているのだろうか? でもついさっきまで電話で話してたし……。待ち切れずにもう一度押す。 「チッうるさいな」  春華の声がした。なんだ起きてるじゃん。やけに苛々している様子。少しだけ申し訳ない気持ちになる。 「はる……」  遠慮気味に名前を呼ぼうとした私の耳に、もう一つの声が聞こえた。思わずピタリと動きを止める。 「早く出てきなよ」  ーー悠ちゃん!?  今の声は確かに悠ちゃんだ。どうしてここに? 亜紀の家に居るんじゃなかったの? 「そうやって、逃げようとしてるんじゃないでしょうね!?」  急にヒステリックに声を荒げる春華。こんな声初めて聞いた。予想外の展開に頭が追いつかない。  気づいたらもう一度インターホンを鳴らしていた。もう一度舌打ちをするのが聞こえた後、少しの間をおいてからゆっくりと扉が開く。 「えっ、千夏!?」  私に気付くと声を裏返らせ、後退りする春華。そのまま扉を閉められたら困るので、家の中に身体を滑り込ませる。 「……春華」 「どうしたの? 何かあった?」  普段より声の低い私を、春華は冷静を装うように目を細めながら此方を窺ってくる。 「悠ちゃん来てるよね?」  貼り付けた笑顔がピタリと止まる。やっぱり、あの声は聞き間違いなんかじゃなかった。  その反応に確信し、無言で靴を脱ぎズンズン部屋の中へ入っていく。 「ちょ、勝手に入らないでよ!」  慌てたように後ろから腕を掴まれるが、乱暴に振り解き前へ進む。先程から静かだが彼はリビングに居るのだろうか? トイレや風呂場に隠れたりとか……。こんな事を考えてしまうなんて悲しいけど、それよりも何よりも怒りが勝り死に物狂いで探し回った。  ーーあのクソ男。一発殴るぐらいしてやる!  最後の部屋の前に立つ。寝室だ。  何でよりによって寝室? などと苛立ちを覚えながら、扉を開ける。 「浮気してんじゃねえぞ悠介!!」  怒鳴り込みながら入った私の視界に入ってきたのはーー。  ベッドに鎖で繋がれている悠ちゃんの姿だった。
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