ハッピーウエディング

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ハッピーウエディング

 明日はいよいよ結婚式。    高校時代に付き合い始めて、明日でちょうど10年が経つ。    別々の大学に進学しても、それぞれ就職してお互い忙しくてすれ違いが多くなっても決して“別れ”を選ばずずっと一途に愛を育んできた。    彼との始まりは高一の私の誕生日。当時隣のクラスだった持田悠介に告白されて、何となく付き合い始めたんだっけ。  それまで何の接点もなかったのに。だから、まさかこんなに続くなんて思ってもみなかった。  これもお互いがお互いを尊重しつつ、それぞれの人生を自由に謳歌してきたお陰なのかな、と思う。  “彼氏が居るから遊べない“だとか、”彼女が居るから二次会には行けない“だとか……付き合っていることにより我慢しなくてはならない様々な”束縛“が私達には存在しなかった。  そりゃあ、“浮気をしない”という決まりは最低限あったけれど。 「悠ちゃん」  ベッドから起き上がり、隣で目を瞑る彼の頬をゆっくり撫でる。 「千夏? どうしたの、眠れない?」  眠そうにしながらも、髪に触れてくる大きな手。その温度に安心しつつ、彼の手に自分のを重ねる。 「ちょっと色々考えちゃって」 「えっ何を?」  言い方が悪かったらしい。悠ちゃんの顔が一瞬で青ざめた。  相変わらず分かりやすくて面白い。でもさすがに勘違いさせたままなのは可哀想なので、すぐに誤解を解こうと口を開く。 「ごめんごめん、違うの。そんな顔しないで? 10年間あっという間だったなと思ってさ。告白された時のこととか色々思い出してたの」  途端にホッとした表情になったかと思ったら、腕を引っ張られそのまま彼の腕の中に閉じ込められる。嗅ぎ慣れた匂いと心地よい鼓動を感じ、すごく安心する。 「何だよもうびっくりした……結婚式直前で振られるのかと思った」 「さすがに極悪非道でしょそれは」 「確かに」  安心したように笑う悠ちゃんを見て、幸せな気持ちに浸る。明日から、この人と毎日一緒なんだ。楽しい時も辛い時もずっとーー。 10年も一緒だったんだから。これからも変わらず1日1日を2人で大切にしながら生きていきたい。 「悠ちゃん、これからもよろしくね」 「こちらこそよろしく。絶対に千夏を幸せにする。明日神父の前で誓うから」  任せとけ、そう言ってニカっと笑う彼は誰よりも輝いて見えた。  そして、いよいよ次の日の朝。アラームの前に目を覚ました私はすぐにある違和感に気づく。    ーー隣に悠ちゃんが居ない。  寝る前は確かに居たのに。  同棲して2年、朝に弱く私より先に起きる事なんてほぼなかった彼が居ないのは変な感じがする。  結婚式に興奮して珍しく早起きしたとか?  それだったらすごく可愛いな。緩む頬をそのままに、寝室からリビングに移動する。 「あれ、」  けれどそこには誰も居ない。  不思議に思いトイレや洗面所、お風呂など部屋の隅々まで探したけれど彼は見当たらなかった。最後に玄関を確認すると、彼の靴がない事に気づく。  朝から出掛けるなんて珍しい。コンビニにでも行っているのだろうか。 『おはよう。今起きたよー。どこにいるの?』  いつもと違う行動が少し気になり、思わずLINEする。さすがにすぐに既読はつかず、スマホに張り付いていても暇だからと、とりあえずシャワーを浴びにお風呂場へ向かった。  それから約2時間。朝シャンでさっぱりして、そのまま出かける準備を済ませた。その間、悠ちゃんが帰ってきた様子はない。  リビングに戻り、白いローテーブルに置いておいたスマホを手に取り返事がないかを確認するも通知は0件。  悠ちゃんどうしたんだろう。仕事の時以外にこんなに既読が付かないのはあまりなかったから段々と心配になってくる。  何かあったのかな……。  私が起きてから既に3時間近く経過している。最低でもそれだけ長い時間外出していることになるわけで。  早朝から一体何をしてるんだろう。しかも結婚式当日という大事な時に。もし仮に忙しかったとしても返事ぐらいはできるんじゃないの?  悠ちゃんへの不満と怒りが沸々と湧き上がる。昨日まで本当に幸せな気分だったのに。せっかくの晴れ舞台の日にこんな気持ちにさせるなんて。本当にそんな人と結婚しても大丈夫なの?  しかも、今日は26歳の誕生日。ダブルでおめでたい日の筈なのに、朝から気分最悪だ。  今まで彼の言動で不安になることなんて一度たりともなかったのに、一気に覆された事に腹立たしさを感じる。  それにそろそろ結婚式場に向かわなくてはならない時間。  流石に帰って来るのが遅過ぎる。昨日も時間をちゃんと一緒に確認したから分かっている筈なのに。  痺れを切らし電話をするも出る様子はなく、留守番サービスに繋がった為仕方なく切る。 『先に式場行ってるから早く来てよね。それと返事ぐらいして』  既読がつかないままのトーク画面を再度開き、簡素なメッセージを送る。本当はもっと怒りに任せた文章を打ちそうになったが、さすがに結婚式当日に喧嘩は控えたいので必要最低限の文字だけにした。  家を出て車で移動し、式場スタッフに新郎は遅れる旨を伝えて準備に入る。  メイクをしてもらっている間もスマホを何度か見たが既読がつく様子はなく。  その後何度か電話をしてみたが出ないままで。    全ての準備が終わり、招待客が皆揃い、いよいよ挙式の時間が訪れてもーー新郎である悠ちゃんは姿を現さなかった。
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