いざ、魔王の城に到着しました

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「安心しろ。人体に無害な物は入っていない。だが得体の知れない物は食べられないと思うなら、無理をしなくていい」  あら、良心的。 「食べます。お腹空いていますし、こんなに立派な物、食べた事がありませんから」  どうせ生贄になって村に戻れないなら、何をしようが同じじゃない?  もしかしたら死ぬ前にちょっといい思いをさせてあげようっていう、魔王の計らいかもしれない。  疑って口にしなければ、多少安全な道を進めるかもしれない。  でも魔王の生贄になって、もう村に戻れないという絶対的なバッドエンドが決まっている以上、途中でどんな選択をしてもあまり変わらないんじゃ……と思った。  ポタージュを飲むためのスプーンは……と、手元を見ると、色んな種類のカトラリーがあって、よく分からない。 「外側から使え」  魔王が言い、私は先端が正円に近いスプーンを確認する。 「ありがとうございます。優しいんですね」  ナプキンを膝におくと、私はまず食前の祈りを捧げた。 「神様、今日も私たちに糧をお与えになり、ありがとうございます」  そのあとに続くお祈りを捧げて目を開けると、向かいの席で魔王が眉間に手をやっていた。 「えっ? ……え?」  何か気に障る事を……、あっ! お祈りをしたから!? 「す、すみません! 習慣なので!」  慌ててフォローしようとしたけれど、魔王は眉間に皺を刻んだまま、私に向かってヒラリと手を振る。 「いや、分かっていたから問題ない。不意を突かれただけだ」  そう言って彼はスプーンを手にする。  ハッとしてイグニスさんを見ると、彼は壁に額をつけて黙り込んでいた。  …………すみません……。  どうやら、神様へのお祈りは、魔王たちにとって毒らしい。  具合が悪くなったのかな? どうなったのかは分からないけど、なんかごめんなさい。  そのあと、気を取り直してポタージュを飲むと、フワッと牛乳とコーンの香りがしてとても美味しい。 「うん! 美味しい!」  思わず口に出して言って笑顔になると、魔王がクスッと笑った。 「気に入ったなら、どんどん食べるといい」 「はい!」  こうなったらどうとでもなれ、と思い、私は遠慮なくテーブルの上にあるものを食べていった。  しばらく夢中になって、新鮮な野菜が挟まったサンドウィッチ、焼きたてあつあつサクサクのスコーン、美しくて甘いデザートに舌鼓を打っていたけれど、不意に顔を上げて「むふっ」と噎せた。  どういう心境の変化か分からないけれど、超絶美形の魔王が私を見て優しく微笑んでいたからだ。  黙っているだけでも美形なのに、笑顔になるとその魅力が倍以上に増す。  しかもその笑顔が私に向けられているのだから、変な勘違いを起こしそうだ。  ……いや、待って。彼は魔王で私は生贄。そこをはき違えない。  自分に言い聞かせていると、魔王が優しく尋ねてくる。 「うまいか?」 「……お、美味しいです。とても」 「なら良かった。食べ物は逃げないから、ゆっくり味わえ」 「……は、はい」  あれ? 焦って早食いになっていたかな? それはそれで、恥ずかしい。  そのあとも私は気の向くままに食事を楽しんだけれど、彼がどんな意図で私にご馳走を食べさせるのか、分からないでいた。 (童話の魔女みたいに、太らせてから食べるのかな)  だって生贄に選ばれたというのに、こんないい目に遭うなんて訳が分からない。  シスターだって、「うまい話には裏があると思いなさい。世の中、無料より高いものはありません」と言っていた。  魔王が人間の小娘を生贄に欲するっていったら、やっぱり魂とか、……しょ、処女とか、そういうものを求めているとしか思えない。  そんな知識も、神学の勉強をしている時に学んだ訳だけれど。  私の魂が美味しい(?)かは置いておいて、処女ではある。  ……でも世の中にはもっと、キラキラした美しい処女がいると思うので、私のようなパッとしない小娘を選ぶ理由が分からない。  考えているうちに、手元も止まっていたようだった。 「どうかしたか?」  魔王に尋ねられ、私はハッとする。  氷菓子を食べていた途中だったけれど、冷やされたガラスの器の中で、イチゴ味のそれが溶けかかっていた。  勿体ない。 「い、いえ……」  誤魔化して続きを食べ始めるけれど、モヤモヤしたものを抱えながら、美味しく食事ができる訳もない。  最初こそご馳走を前にして我を忘れていたけれど(それも恥ずかしい)、私はきちんと魔王に向き合う事にした。 「生贄にこんなに豪勢な食事をさせて、どうするつもりですか?」  カトラリーを置いた私は、怖いけれど彼の赤い目を見て尋ねた。  魔王は一瞬驚いたように目を瞠ったけれど、すぐに冷静な表情に戻る。 「言っておくが、俺はお前に危害を加えるつもりはない。ただ単純に腹が減ってるだろうから、もてなしているだけだ」  なんと、ただの親切からだった。 「……ありがとうございます。ただの厚意だったのに、疑ってしまってすみません」  素直に謝ると、魔王は緩く首を左右に振った。 「いや、いい。〝生贄〟として急に魔王や魔族がいる城にくれば、必要以上に萎縮するのは分かる。だが、俺は生贄を〝殺して食べる〟など一言もいっていない。人間が勝手に生贄の意味を解釈したなら、お前が怯えるのも仕方がないな」 「……あの? 覚えている限り、生贄とはお供え物として生き物を捧げる事だと思いますが」  昔ながらの呪術者は、精霊の声を聞くといって動物の命を捧げていた。  だから生贄とは、命と引き換えに何かを得るものと認識していた。 「その通りなんだが、俺は〝生贄〟とは言っていないんだよな……。〝指定した人間を捧げよ〟という意味で村に言葉は残したが」 「……その〝捧げる〟っていうのも、何となく意味合い的にギリギリですね……」  私は首をひねって考え、魔王も腕を組んでしばし考える。  やがて、魔王は息をついて気を取り直す。 「表現の仕方については、以後気をつけよう。とにかく、お前を傷つけたり、命を奪うつもりはない。だから悲愴な顔をして、腹に詰められるだけ詰めるような食い方をしなくていい」 「ぶほっ」  そ、そんな食べ方してたかな!?  ……そう見られていたなら、恥ずかしい……。  相手が魔王であれ、見た目が綺麗な男性なのは確かなので、ジワァ……と頬が熱を持っていく。
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