虹色パレット

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 日茉莉が通う高校は芸術に力を入れている。三年間の集大成として、卒業前に卒業制作展をおこなう。『卒制』に向けての準備は、三年になってすぐの四月からはじまっている。 「ジャスミン……?」  なぜか目を見開き、藤宮は驚いていた。 「お花のジャスミンです。先生知らないの?」 「ジャスミンは知ってるよ。……なるほど、日茉莉さんにぴったりの題材だね」  日茉莉は「そうでしょう?」と答えた。 「私の家に、父親が描いたジャスミンの絵があるんです」  父親は地元では有名な画家だったが、日茉莉が幼いころに病死した。  家のいたる所に、大小さまざまな大きさの、父が描いた絵が飾られている。その中で一番のお気に入りの絵がジャスミンの花の絵だった。 「小さいころからその絵を眺めて育ったんです。だから、ジャスミンの花が私、大好きなんです!」 「へえ……」  花に関心がないのか藤宮の反応は淡泊だった。  もっといろいろ聞かれると思っていた日茉莉は、少しおもしろくなかった。むっとした顔を遠慮なく担任に向ける。 「父の絵は本当にすごいんです。ジャスミンの花の絵、先生に見せてみたい」 「白崎画伯がすごいことは先生だってよく知っているよ。今でも大尊敬している!」 「本当ですか?」 「本当です。ジャスミンに誓う!」  調子のいい先生だと思いながらも、藤宮の気さくなところがよかった。  歳は三十手前なのに大学生のような見た目で、冗談も多く、生徒との距離が他の先生より近い。少し説教臭いところがあるが、はっとする発言が多く、頼れる兄のような存在で学年関係なく生徒から人気があった。  日茉莉は藤宮から視線を逸らし、空を仰ぎ見た。風になびく髪を手で押さえる。 「……最後に描く絵は、ジャスミンって決めていたんです」 「最後に描く絵?」 「はい。だから私、先生が思わず唸っちゃうような大傑作を、絶対描いて見せますからね!」  勇気を出して決意表明すると、藤宮はすぐに真剣な瞳になって日茉莉を見つめた。 「なんで最後なの? これからもずっと、好きなだけいっぱい描いたらいい」  口元に笑みを残したまま、日茉莉は首を横に振った。 「私、卒業したら絵を描くのやめます」  藤宮の眉間にしわが寄った。 「やめる? どうして」
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