親友B①

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親友B①

 大した面白い景色も無い、僕の故郷。僕の家があって、僕の学校があって、いつもの裏路地があって、公園があって、駄菓子屋があって。それらをぐるりと山々が取り囲み、僕の世界は完結している。基本的な構成色は無彩色。まるで色なんてものは某かの意味も持たないと言わんばかりに色を排除した世界は、とても冷たい。  特に見るものなど無く、特に有名なものなど無く、それ故に人は去る。過疎化の真っ只中のこの町で、僕は育った。  ここで育った僕自身、この町に魅力など微塵も感じず、高校卒業と共にこの町を出た。  何かある、そう思って外の世界へ飛び出したが、新しい町には何も無かった。似たように退屈で、魅力など何もない。僕はうんざりしていた。  今日も溜息。昨日も溜息。きっと明日も溜息。考えるだけで、溜息。  今まで生きてきて、一体何が楽しかっただろうか。僕の人生の中で、僕は何かに情熱を注いだ事があっただろうか。少なくとも、人に褒められるような事は何もなかった。大きな波風も無く、高校を出て、底辺にほど近い大学を出て、誰も名前を知らないような会社に入り、何の役に立つのか分からない仕事をしている。  ずっとこうだ。もう何もかもうんざりだ。かといって自殺願望があるわけでもない。何となく僕の人生は過ぎていく。  そんなある日、テレビで久々に故郷の町の名を聞いた。内容は、僕の母校である高校が廃校になる、というニュースだった。時間にして2分程度。何故取り上げられたのか分からない程、些細なニュースだ。しかし僕の脳は過去へと指向する。  高校……僕の学生生活なんてものには、それほど思い入れもない。記憶の初めの頃から一緒に居る幼馴染み共とぐだぐだと過ごす、それだけの日々だった。そこに重大な意味があるわけでもない。ただ、何となく過ぎていった時間だ。良い思い出も、悪い思い出も、そこにはない。  ……?  ちくりと胸が痛む。  ……いや、本当に何もなかったか?何か大事な事を忘れてないか?  猛烈な違和感がある。僕は何かを忘れている。  ……忘れている?それも違うな。何かを必死に忘れようとして、結果として忘れた、そんな気がする。そしてたった今、その『忘れようとして忘れた』という事を思い出してきた。  ……何だったろうか?よっぽどイヤな事だったろうか……?  こうなってしまうと人間気になってしまうもので、トイレに行っても、テレビを見ていても、寝ても覚めてもその事が気がかりですっかり落ち着かなくなってしまった。  まるで心の薄皮の部分に見えない程の棘が刺さったように。  ……こうして悩んでいても仕方ないな。  僕は、イヤだが、本当にイヤだが帰郷する事を決めた。  切符の手配をし、最低限の荷物をまとめ、故郷に着いたのがその週末。実家に着いて聞かされたのだが、数日内に校舎は解体されるらしい。その前に一般人にも解放するとの事。  何せ狭い町だ。高校といえばこの学校しかなく、この町で育った人間はもれなくこの高校を卒業している。誰も彼も思い出があるのだろう、そう言った事への配慮らしい。  僕はそんな人混みの中を歩く気にはなれない。別段会いたい奴もいないし、偶然の再会、なんてごめんだ。明日の夕方、人が減った頃合いに向かう事に決め、それまでは実家でごろり、寝転ぶ事にした。普段なかなか休めない生活をしているんだ。少しくらい良いだろう?  夕方に校舎に着けば、と考えていたので、朝は遅く起きる事にしていた。早起きしてする事など、この町にはない。日頃の疲れも溜まっている。休める時にはしっかりと休んでおこう、僕の固い決意はあっさりと砕かれた。  一つ上の先輩が僕の帰郷をどこからか聞きつけて、朝も早くから現れたのだ。そういえばこの先輩は高校時代に限らず、何かと世話を焼いてもらったような気がする。まあそんな事どうでもいいとも思いつつ、しかし蔑ろにも出来ず、結局朝から先輩と町をぶらつく事となる。  その様子については……割愛させてもらおう。一言だけ加えるのであれば、この先輩は相槌があろうが無かろうが、ひたすら喋り続ける人間だと言う事だ。推して知るべし。はぁ。
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