今夜だけ……

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深夜2時の地下駐車場。車のエンジンをかけると、かけ慣れた番号に電話をかける。 「……もしもし」 「………うん」 甘く掠れた声が優しく耳に響く。 「……もう、寝てた?」 「……ううん……まだ……でも…ベッドにいる………お前は?」 「今、帰るところ……」 「……だからか、音楽が聴こえる」 少し音量を上げた音楽は、二人の想い出の曲。 「……好きな曲でしょ?」 「……うん」 寝返りをした?シーツが擦れる音が胸を擽る。 「…………一人なのか?」 「うん……今日は自分の車だから…」 「……運転、気を付けろよ」 「……分かってる」 相変わらず心配性だね……… 「……………あのさ……今から…行ってもいい?」 「…………………だめ」 言われると思ってた。 それでも……… 「………何でだめ?」 「………ビール……冷えてないし」 「…飲まなくてもいい」 「……シャワーも…浴びてない」 「……一緒に浴びたい」 「……………」 「……………」 「………お前…明日から忙しいだろう」 「………だからだよ……だから……」 「………やっぱり……だめ」 「……………」 「……お前が来たら……寝かしてやれなくなる……」 これ以上、何も言われないように黙って電話を切ると車を走らせた。 最後の一言で、あなたの気持ちが分かったから……… 少しずつ速くなっていく心臓の音と、熱が集まっていく身体の中心。 あなたの体温と匂いと息づかいを、早くこの手に感じたくて、アクセルを踏む足に力が入る。 今夜は初月……… 頼りなく夜空に浮かぶ月は、掴まえておかないと儚く消えてしまいそうだ。 この時間になっても眩し過ぎる街の明かりに、僕の心がのみ込まれないうちに…… あの日、「簡単に逢えなくなるから」そう言って、僕にくれたあなたの部屋の合鍵を初めて使うよ。 だからお願い…… 滑かなシーツに微睡むあなたの横に横たわるから、黙って僕を抱き締めて。 白い肌を桜色に染めて、僕が欲しいと甘えて欲しい……… これから一人、走り抜けるために 今夜だけは………俺にあなたを刻んでおきたい。 それだけで、どんな明日も乗り越えられるから………
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