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「あの、久我様」
居住まいを正せば、その場に居る誰もが驚いたように鳳蝶を見た。久我のみが気楽な様子で、先を続けるよう目顔で促してくる。
「何故、火附盗賊改のお役人様が伊勢屋さんをお調べになっているのですか」
熊のような侍は居丈高に声を荒げた。
「お上の御用だ。生意気な口をきくな」
腹に響く大声に彦三郎は蒼褪める。鳳蝶はまるで動じる事無く久我の顔を見つめ続けた。
無言で配下を抑えた久我は、楽しむように目を細めた。
「お前が知っていることを俺たちになんでも話してくれるなら教えてやる」
鳳蝶が口を開きかけると、すぐさま横やりが入った。
「もちろん出任せは無しだ」
安易な企みを見抜かれた鳳蝶を尻目に、久我たちはあっさり腰を上げた。
「も、もうお帰りで」
彦三郎がおろおろと立ち上がり、店の外まで見送ろうとするのを久我は手で制した。
「かき入れ時に悪かったな。今度は遊びに来る」
「は、はい。お待ち申し上げております」
鳳蝶はすぐに襖を開けて端に寄り、道を空けた。三人が連れ立って奥座敷から退出するのを三つ指を突いて見送る。
先頭に立ち、その前を通り過ぎた久我が、ふと振り返って足を止め、鳳蝶に声を掛けた。
かしこまったままで顔を上げれば、睥睨する氷の瞳と目が合った。
「お前、俺が最初に伊勢屋の名を出したときにまるで驚かなかったな。本当は俺たちが調べていることを、初めから知っていたんじゃねえのか」
いやな男だな、と、鳳蝶は心の底からそう思った。
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