第7章 御伽噺じゃない

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第7章 御伽噺じゃない

うちの母は性格的にまるで遠慮のない人だから、外からやって来たって触れ込みの噂の青年に対して内心胡散臭い。と考えてるのを一向に隠そうとはしなかった。 だけど、娘のわたしが言うのも何だがフェアじゃない人でもない。うちの配給を受け取りに行くわたしに同行してくれて、愛想よくにこにこと父の指示に従ってはいはい、と物資を家の中や物置に運び込んでしまうのを手伝ってる姿を見て、まあ集落の上層部から一応公式に歓迎されてるお客様ではあるし…とやや認識を新たにしたようで。 「…もしこのあと、夜にご予定がないようなら。うちでお夕食たべていって頂くよう言って。ごく普通の家庭料理で大したものはありませんけど、って」 そう言っておいてわたしに得意でしょ、とオムライスを作らせるのは一体どういうこと? 大したものじゃなくて悪かったね。とむくれつつも、外じゃこういうものもなかなか口に入らなかったのかな。と思うとつい腕に力が入る。 どうせなら美味しい、と感じてほしいし。いや別に、純架って実は料理上手なんだね。とこの人に感心してもらいたい、ってわけでもないんだけど。 という次第で、その旨伝えて高橋くんには今日は早番で仕事から帰ってもう家にいた父と談笑して待っていてもらい、わたしは母と一緒になってせっせとキッチンで夕食の支度に励んだ。どうやらただ食事ができるのを座って待ってるのが落ち着かないらしく、ときどきそわそわとリビングの方から何か手伝えることある?と様子を伺う声がかけられたけど。 「大丈夫、座って待ってて。今日はうちでお招きしたお客さんでしょ。あなたが何でもできるのは知ってるから。大人しくわたしが作るものが完成するのを楽しみにしててよ。…まあ、お口に合うかどうかは。保証しないけど」 これまで一緒に行動する中で、役場の食堂で出してくれるランチや、配布してくれるおにぎりとおかずのお弁当を何度か一緒に食べたことがある。そんなときに彼が何かを特に食べられずに手をつけなかったり残したりしたのを見たことはなかったので、それほど偏食なはずはない。好き嫌いを言ってたら食べ物にありつけないような環境で育ったせいなのかもしれないけど。 それでも一応、嫌いで食べられないものある?と尋ねたら全然。特にないよ、と答えつつもちょっと探るように予定してるメニュー何?と確認してきたから、本当は何かしら苦手なものはあるのかも。ここで出てくる可能性は低い、と踏んだけど念のため用心。といったところか。 「普通に。オムライスと野菜スープ、あとサラダ。ウインナーを茹でたものかな。嫌いな野菜とかあるなら…」 「あ、それは大丈夫。野菜は何でも好き。下拵えとか、何か手伝うこと」 「ない、ない。もういいから、あと少し座ってて。お父さんの相手しててよ」 全くもう。この人に限って初対面の歳上の男の人と二人きりで会話するのが気まずい、とかあるわけないのに。とぶつぶつ言いながらリビングに彼を戻す。 一応ときどき気にして様子を伺うと、今度は熱心に父から発電所の仕組みや運営なんかについて説明を受けたり質問したりしてる。どうやら本当に、ただ料理ができるのを座って待ってるだけっていうのが心苦しかっただけみたいだ。 多分、外の世界はいろんな意味で余裕がないから。料理をするのは基本的に女性とか、そういう役割分担みたいなこともそうそう言ってられないんだろうな。男でも女でも、大人でも子どもでも。とにかく可能な人がやる、そういう感覚なんだろう。 うちの母は割と男はこうあれ、女はこうであるべき。みたいなポリシーが強いからそこをどう見るか。台所に入りたがるなんて男らしくないわねぇ、みたいに悪口言うのかな。と思って炊けたご飯を解してたら、どうやら手を止めてちょっとリビングの方の様子を伺ってる。父と和やかながらもしっかり意見交換しているのを確認し、ちょっと悔しそうながらぼそりと呟いた。 「まあ。…一か八かで大胆にリスク取って飛び込んで来られるだけのことはあるわね。世渡り上手というか、世界を知ってる感ある。…ああいう人となら。将来一緒になる女は楽ね」 なるほど。まあ、そういう評価なんだ。 じゃあ、これまでみたいに無理推しでもどうしてもわたしには夏生じゃないと…と強引に押しつけてくるのはなくなるのかな。とちょっと期待したけど。逆に次は高橋くんを逃さないようあんた頑張りなさい、と厳しく発破かけられる日々が始まるのか。と思うと。 それじゃ言うほど以前と変わらなくない?となって、馬鹿馬鹿しくなってそれ以上聞きただすのをやめた。とにかく、多少なりとも頼れそうな男の人にわたしをもらってもらえればそれでいい、そこに情は挟まないっていう合理的判断でしかないんだもんな。夏生が知ったらさぞ荒れるだろうが。 そのうち学校から帰ってきた妹の麻里奈もちゃっかりリビングでの団欒に加わった。話にだけ聞いてた噂のよそ者の男の人と話せるチャンス!と見たか、堂々と座り込んで会話に混ざり、一向にこちらに手伝いにと立つ気配もない。
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