茗荷谷さん

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「珍しい事ですね、それは・・・・」 垣谷は私の話を聞いて驚いた。 「確かに中には主人を守るという役目をインプットされる方もいるでしょうが・・・こちらで扱っているAIロボットはそのような機能は備わっていませんし、他のAIロボットで茗荷谷のように人助けをした事例は報告されておりません。ただ、考えられるとしたら・・・・」 「考えられるとしたら?」 「茗荷谷はサンプルのような形でショーウィンドウに展示されていました。展示中も電源は常に入れたまま、時には小さいお子さまや、お年寄りなどの話し相手になる場面もありました。もしかすると、彼は人間との触れ合いの中で自ら学習したのかもしれません」 「学習?」 「ええ。人間には守るべき者、自分よりも弱い存在が居るのだという事を。そして柄田様はその守るべき存在だと、茗荷谷は認識していた・・・でなければ、咄嗟にあなたを助けるなどと判断できるはずがない」 「確かに、そうかもしれません・・・・」 透明なケースの中に入り、こちらを見ている彼と視線が、合った。 シリコン製の皮膚も破れ、背中や脚にも陥没した痕が何ヵ所かあり、きっと破損したのは外的なものだけではないはずだと直ぐ様修理に出される事となったのだ。 「最後に彼と話しますか?」 「はい・・・・」 私は茗荷谷さんの前に立ち、透明な壁に手のひらをあてた。 すると、彼も私の真似をして自分の手のひらを透明な壁に押しあてた。 私の目の奥から熱いものが込み上げてきて、頬を流れ、顎をつたって下に落ちた。 茗荷谷さんは言った。 「ナゼ泣イテイルノデスカ?」 私は指で涙を拭い 「前にも言ったでしょ?幸せだからよ」 と、彼に嘘をついた。 本当は、あなたと離れるのが寂しいからよ、と言いたかった。 でも言わなかった。私は、もっと強くならなければならない。 茗荷谷さんが守ってくれたこの命を、自分で守っていけるくらい、強く。 私は誰も居ないショーウィンドウに会釈をして店を出た。 ふと街路樹を見上げるとそこにはもう、今年最初の桜がひとつ、芽吹いていた。 了
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