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1. 雑踏の中で
久しぶりの東京、銀座。
彩子は仙台から半年ぶりに上京し、これから新橋の弁護士事務所に行く予定だった。
約束まで少し時間があったので、銀座の表通りをぶらぶらしていた。
大勢の人が行き交う早春の銀座。
自分が誰であるのか、誰にもわからない雑踏の中を歩くのは心地よかった。
しかし、そんな時間は突然、終わりを告げる。
後ろから、ぽんと肩をたたかれたのだ。
「彩子? 彩子だよね?」
振り向くと、大学時代同じ学部だった友人が二人、立っていた。
「元気? あれから心配していたのよ」
「何も言わずに大学辞めちゃうし、SNSも繋がらないし」
「宇津木先生とはどうなったの? やっぱ、別れちゃった?」
「大変だったものね――!」
同情するような言葉でありながら、好奇に満ちた瞳。
矢継ぎ早の質問がまるで機関銃のように繰り出され、その一つ一つが彩子の心臓を貫通していくような気がした。
立ち止まった三人を避けきれずに、道行く男性の身体が彩子の肩先にどんとぶつかり、彩子はハッと我に返る。
「ご、ごめんなさい。私、急いでて……」
しどろもどろに言い訳し踵を返すと、小走りで逃げ出す。
「あ、待ってよ!」
「彩子!」
呼び止める声を振り切るように、身近にあった大きなビルのエントランスの、回転ドアの中に身を滑らせた。
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