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 俺が引いたり馬鹿にしたりしなかったことは、由貴にとっては大きな出来事だったようだ。以来、ますます俺に気を許すようになった。彼氏ができた時と別れた時。とりわけ別れた時は寂しいのか、必ず飲みに誘われるようになった。しかも、大して酒に強くないのにガブガブ飲んで潰れ、一人でいるのは嫌だと駄々を捏ねて俺の家に泊まり込むのが常だ。  客用の布団を敷いてやるのだが、「寂しい」と、気が付くと俺のベッドに潜り込んでいたりする。大の男が二人で寝るにはセミダブルは狭い。男が恋愛対象の由貴が、どういうつもりで俺に手足を絡めて寝たがるのか、理解に苦しむ。迷惑だ、降りろと言いたいが、涙目で唇を噛みしめてスンスン洟をすすっている姿を見ると、捨てられた仔犬みたいで、あまり冷たくもしづらい。普段会社でニコリともしない彼しか知らない奴が見たら目ん玉ひん剝いて驚くだろう。  三か月と同じ男と続かないのは、相手が、お前の顔や体しか見てないからじゃないのか。お前自身、本当に親密になろうとして心を開く努力をしてないんじゃないのか。  疑問なら山ほど湧いてくるが、寂しげな横顔を見ると何も言えなくなる。 「稔、お前まだ彼女できねーの?」  風呂上り、肢体を見せつけるように彼は下着姿で近寄って来る。 「うるせー。フラれたばっかのお前に言われたくねーよ。つーか、いつまでもパンイチで歩き回んな。風邪引くぞ」  彼に向って部屋着を投げつける。 「泊めてくれたから、せっかくサービスしたのに。どの国行っても、俺と寝たがる男がごまんといるんだぞ。その魅惑のボディを拝めるのは、うちの会社では稔、お前だけだ」  パンツ一枚のまま、腰に手を当てて由貴はドヤ顔をキメている。 「……アホも休み休み言え」  呆れたように彼から視線を逸らす。内心、しなやかな身体つきは色っぽいし、ピンク色の小さな乳首も可愛いし、男ならではの下半身の膨らみも嫌ではないなと思っている自分に困惑していると気取られたくないから、わざと背中を向けて、ベッドに横たわった。  由貴は無垢な子どものような笑い声をあげ、俺の背中に頬を寄せてきた。 「……世の中の女どもは、見る目ないんだな」  俺は寝たふりをして何も答えない。背中に触れる彼の温もりの感じから、まだ部屋着を身につけていないことに気づく。ぎゅっと瞼を強く閉じた。 「今度の七夕の週末、稔、こないだ言ってた山小屋に行くの? もし友達とか彼女が一緒じゃないなら、俺も一緒に行っていい? 星が綺麗なんだろ。俺も見たい」  甘えるような口調で呟いたと思ったら、由貴は寝息を立て始めた。俺は溜め息をつきながら、由貴の白い肌をタオルケットで包む。  俺が彼に自分の気持ちを打ち明けられるのは、あと何度、彦星と織姫がランデブーした後なんだろう。          (了)
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