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9 side関 悠二 沢田があまりに煩かったので、昼は高いランチを食べた。営業職にあるまじき時間のロスだった。 いつも課長と二人で外回りだと、せいぜいラーメンか、定食屋のような場所に行けたら良い方で、大概は時間との戦いなのでそれこそコンビニのパンや弁当屋の弁当を車内で食べ、手っ取り早く済ます事が多い。 しかし、近頃の若者は、ある程度融通をつけてやらないと「厳しい」と言ってすぐ辞めるのだと人事の人間がボヤいていた。宝井課長はそういうところを落とさずフォローする。だから、人たらしだと勘違いする輩が生まれるのだけど、彼にその自覚はない。 沢田も例に漏れず、自分の我儘だから宝井課長は聞いてくれたのだと思っているだろう。俺はそれがすこぶる気にくわなかった。 一課に戻って、デスクで報告書や、発注書を作る。 「関…大丈夫?」 「あ?何がっ!?」 隣の席の榎木がやんわり声をかけてきたが、俺はそれに噛み付くように返事を返した。 「い、いやいや、鬼の形相だよ?マジで顔が整ってる分、迫力が凄い」 「えっ…そ、そんなに?」 榎木はこくこくと頷いた。むかいの高橋さんも苦笑いしている。 「関くん、なにかあった?大丈夫かな?キーボード壊しちゃいそうなんだもん」 高橋さんの言葉にガクンと項垂れた。 「す、すみません…ちょっとイライラしてました」 「もしかして沢田?」 手を衝立にしてコッソリ囁く榎木。 俺は戻ってからも忙しそうにする課長を眺めてから沢田の席を見た。 沢田はデスクに置いた鏡で懸命に前髪を直している。いや、直しているといっても、さっきから何が変わったのか全くわからない。 「何でアイツみたいに仕事出来そうにない奴が一課配属なんだ?」 ボソっと呟くと、高橋さんが俺のデスク横に立って苦笑いしながら呟いた。 「彼女、上層部お偉いさんの姪っ子さんらしいんだ。会社説明の時に見た宝井課長を随分気に入ったらしくてね。まぁ簡単に言っちゃうとコネ入社だから、一課に来たのも上の采配なんだよ」 俺はジッと沢田を見つめた。 上層部お偉いさんの…姪っ子… 何だか嫌な響きだった。 タイムリーに、沢田の隣の席に座る女子が話始めた。 「ひよりちゃん、今日は梶さん休みでラッキーだったねぇ」 「そーなんです!ずーっと課長と一緒で幸せでしたぁ!早く結婚まで頑張らなきゃっ!」 「結婚かぁ〜、入社したばっかじゃないの〜、結婚願望強いんだね、ひよりちゃん」 「働きたくないですもん!寿退社!宝井ひよりになるんですっ!」 「課長マジでモテるなぁ〜、ひよりちゃんなら関くんとかの方が年近いじゃん?」 「関さんもかっこいいけど、私は断然宝井課長!」 「宝井課長モテるからライバル多いよ〜、あの人、固定作らないで有名だし」 「私で固定して貰います!」 「あははは!ひよりちゃん強っ!」 俺はキーボードに視線を落とした。 「せ、関くん…大丈夫?」 高橋さんの声はちゃんときこえている。だけど、水の中に入ったみたいに、音がボヤけて、輪郭が無くて、泡が弾けるみたいに聞こえた。
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