亡霊

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俊哉は、風呂場から出ると、Tシャツに短パンというラフな格好に身を包み、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。そして、その場でそれを一気に飲み干すと、2本目を冷蔵庫から取り出してソファへ向かった。 いつもは足の踏み場もないほど部屋が散らかっているが、先週の土曜日に瑠美が来て片付けてくれたので、少し小綺麗になっていた。 俊哉は2本目の缶ビールを一口飲むと、缶をテーブルの上に置き、ソファの背にもたれて天を仰いだ。 自分がもっと適切な対応をしていれば、角田智子は夫を殺さずに済んだのだろうか。夫が不倫をしている事実を伝えた時に智子の眼の奥でうごめいた殺意は、俊哉にも相手にされなかったことで増幅したのかもしれない。絶望している智子に自分が追い討ちをかけてしまったのかもしれない。 「おい、にいちゃん」というしゃがれた声が俊哉の脳裏に響いた。 4年前、俊哉は警察での事情聴取からの帰り道、自転車を押しながら歩く、歯のほとんどない爺さんに呼び止められたのだった。 「にいちゃん、気ぃつけや。女難の相が出とるわ」 と、爺さんは歯のない口を開けてにこっと笑った。 俊哉はぎょっとしながらも、平静を装った。 「わかりますか?」 「昔、占い師やっとったでな。気ぃつけや」 爺さんは、そう言って自転車を押しながら去っていった。 女難の相か…いつまで俺につきまとうんだよ…俊哉は残りのビールを飲み干すと、缶を片手でぐしゃりと潰した。
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