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プロローグ
「どないしたん?」
男は、俯いた女の子の顔を覗き込んだ。
「俺、警察の人やから、怖がらんで大丈夫やで。」
「だって、怒られるんだもん」
「ん?誰に?」
「お母さんや学校の先生に」
「なんで?」
「いかのおすしを守れなかったから。だから怖いおじさんに捕まったの」
「いかのおすし?あぁ、あれか、知らない人についていかないとかってやつやな?」
女の子は頷くと、目の前にいる男性の顔を見た。
警察の人と言った男性は、小柄で若く、優しい目で自分を見つめていた。
「いつも迎えに来てくれる湊さんが風邪で来られなくなったから、湊さんの代わりに来たっていうおじさんについて来ちゃったの。知らない人だったのに」
「そうかぁ。でも、しゃあないよ、そんなん。誰も怒らへんって」
女の子は、まだ俯いたままだ。警察官は困った顔でぽりぽりと襟足を掻いた。
「ほな、内緒にしとったるわ。今、お嬢ちゃんが言ったこと、誰にも言わへん。ほんまやで。お兄ちゃんとお嬢ちゃんの秘密や。な、だから、お兄ちゃんと一緒に帰ろう」
「でも、お兄ちゃんも知らない人だから」
「ほんまやな。お嬢ちゃん、しっかりしとるわ」
警察官はにこりと笑って、胸のポケットから警察手帳を取り出し、女の子に見せた。
「佐伯剛志っていいます。な、本物の警察官やろ?だから大丈夫。一緒に帰ろ」
佐伯は立ち上がって、左手を差し出した。
女の子はようやく顔をあげると、佐伯の手を取った。
女の子が、閉じ込められていた物置から出ると、もう1人背の高い男がそこに立っていた。
「この人も警察の人やから、大丈夫」
佐伯と女の子が先に歩き、もう1人の警察官が周りを警戒しながら後ろを歩いた。
女の子が恐る恐る両側に目をやると、数人の男たちが縛られ、あちこちの柱にくくりつけられているのが見えた。その中には、執事の湊の代わりだと偽って自分をさらった男もいた。みんな気を失っているようで、静かだった。
この警察のお兄ちゃんたちが、悪い人たちをやっつけてくれたのかな…
女の子は、佐伯を見上げた。佐伯の顔は、さっきまで女の子に向けていた優しい表情ではなく、緊張感のある鋭い目つきをしていた。
その時、もう1人の警察官が叫んだ。
「佐伯!左!」
その瞬間、女の子は自分が佐伯に抱きかかえられているのがわかった。そして佐伯の身体はくるりと一回転し、左から来た悪漢に回し蹴りをあびせていた。
一瞬の出来事だった。床には悪漢が持っていた刃物が転がり、女の子は佐伯にぎゅっとしがみついた。
「探す手間が省けた。俺たちはお前を捕まえにきたんや」
と、もう1人の警察官が倒れた悪漢を上から抑え込み、その手に手錠をかけた。
「大丈夫?」
佐伯が女の子に尋ねた。
女の子はしがみついた佐伯の首元を見ていた。
夏の大三角形みたい…
佐伯の首元に黒子が三つ、ちょうど夏の大三角形のように並んでいた。
執事の湊が教えてくれた星。
湊さん、大丈夫かなぁ。
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