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prologue
「――そんなことより、知ってるんだろ。何であいつがここに……あ、おい」
プツリと剪断されたように無音だけがとり残される。物言わぬ道具となった薄い板を白衣のポケットに突っ込んでハァと小さく溜息を吐いた。無造作に髪を掻きコツコツと廊下を歩く。
人一人いない。――いや、二人しかいない。
白い病室の扉の前引き手に手を掛けて、一拍間を置いてからカラリと引く。
ピッピッピッ
心電図の音は相変わらず規則正しい。そして相変わらず眠り続けている。
無機質なパイプベッドに横たわる女性の傍に佇み屈む。顔色呼吸の様子を観察した。
絹糸のようにさらさらした長い黒髪は変わっていない。肌理細い白い頬、長いまつ毛、均整の取れた唇は薄く桃色に色づき、木箱に収められた人形のように一分の隙もなく手入れされている。――が、それは長年の印象に化粧されたもので、よく診ればやつれが見てとれた。
まじまじとその顔を眺めるのは初めてだった。目が合えばいつも払うように睨みつけられていたから。
口を開けば悪態で――
さしたる理由もなく嫌われていた。
理由
いいや気付いてはいる。これまでもこれからも背け続ける理のない由。
彼女が嫌ったのは俺の存在だ。
うぅ、と微かに呻く
「 」
咄嗟に名前を口にした。患者の意識に呼びかけるには有効だから、と後から言い訳をして。
きっとこう、呼ばれたかっただろう。ここにはいない人間に。
その瞳が薄らと開く。
自分を目にしてどんな失望の色を浮かべるか――
透明な真珠のような涙が頬に弾かれ流れ落ちた。次々と。その唇が開く。視線を逸らした。
「あなたの事が、ずっと好きです……」
――きっとそう、呼びたかった。
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