伏魔

1/21
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ

伏魔

 延喜(えんぎ)二年(九〇二年)――平安時代の、ある山の中である。  人が頻繁に入らないことが、生い茂った草木から見て取れる。  よく晴れた昼間であるのに、枝が密集しているせいで日の光は葉の間からしか注いでこない。  その暗い道を一人の少年が歩いている。  あどけなさが残る面立ちで、黒い瞳を宿した目から疲れが滲み出ている。  髪はぼさぼさ、着ている小袖は所々破れ、顔や手、剥き出しの足が汚れている。  少年は歩き続ける。やがて霧が出てきた。  気付いていない、それとも気にかけていないのか。不明瞭な視界でも歩みを止めない。  霧はますます濃くなる。山の風景が形を失い、(もや)になって、ぼやけていく……  突如として、周囲が明るくなった。  林を抜けたのか。そう少年は考えたが、霧の晴れた先は予想外の光景だった。  人が歩むのみならず人力車や鉄道馬車が走る往来の両脇に、漆喰(しっくい)煉瓦(レンガ)の建築物が列を成す。  シルクハット、ドレス、散切り頭……和装姿の者もいる。しかし、少年が見知った服装の人物はいない。  目の前に広がる眺めにすっかり呆気にとられて、少年は立ち止まった。  どこなのだ、ここは。今まで山の中にいたはずなのに。 「ここが……隠里(かくれざと)なのか?」
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!