4人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
伏魔
延喜二年(九〇二年)――平安時代の、ある山の中である。
人が頻繁に入らないことが、生い茂った草木から見て取れる。
よく晴れた昼間であるのに、枝が密集しているせいで日の光は葉の間からしか注いでこない。
その暗い道を一人の少年が歩いている。
あどけなさが残る面立ちで、黒い瞳を宿した目から疲れが滲み出ている。
髪はぼさぼさ、着ている小袖は所々破れ、顔や手、剥き出しの足が汚れている。
少年は歩き続ける。やがて霧が出てきた。
気付いていない、それとも気にかけていないのか。不明瞭な視界でも歩みを止めない。
霧はますます濃くなる。山の風景が形を失い、靄になって、ぼやけていく……
突如として、周囲が明るくなった。
林を抜けたのか。そう少年は考えたが、霧の晴れた先は予想外の光景だった。
人が歩むのみならず人力車や鉄道馬車が走る往来の両脇に、漆喰や煉瓦の建築物が列を成す。
シルクハット、ドレス、散切り頭……和装姿の者もいる。しかし、少年が見知った服装の人物はいない。
目の前に広がる眺めにすっかり呆気にとられて、少年は立ち止まった。
どこなのだ、ここは。今まで山の中にいたはずなのに。
「ここが……隠里なのか?」
最初のコメントを投稿しよう!