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「大丈夫か? 深月?」
玄関からあやすように背を擦られながら、キッチンでダイニングチェアを引いてくれた将継さんに促されて、僕はまなじりが生温るいまま椅子に落ち着く。
「ごめんなさい……、将継さん……。嫌な思い、させて……」
「私は何ともねぇーよ。それより深月は大丈夫なのか? 私とのことを先生とやらに知られたらやべぇのか?」
将継さんは僕が先生と電話でやり取りしていたことも知らないし、まさか将継さんへの想いを相談しただなんて考えもしないだろう。
(いや……もしかしたら将継さんは大人だから、僕の態度でもう好きってバレてるのかもしれないけど……)
「僕……先生に電話でたくさん嘘を吐いちゃったんです……。将継さんに深入りしないって言ったのに、こんな風にそばにいるなんて……先生に言えなくて……。将継さんに身体が反応したことも……相手は女の子だって、誤魔化して……。僕が先生に恋してたら、先生は嬉しいんだとも言われて……」
将継さんに黙って行動していたことも申し訳なくなってきて、玄関で引っ込ませてもらった涙が再びまつ毛に露をくっつけそうになる。
「深月、ゆっくりでいいから。無理して喋んなくていい」
〝僕が先生に恋をしていたら先生は嬉しい〟と言った瞬間、将継さんの瞳が揺らいだのを見て、僕は自分を楽にしていいのだろうか……と、逡巡してしまう。
(まだ、将継さんに釣り合えてないのに……)
「――でも、一番……誤魔化してたのは、自分の気持ち、だったん、です……」
「……自分の気持ち?」
心配そうに僕の足元に跪いている将継さんが下から顔を覗き込んでくるから、膝の上に載せていた両手が自然にギュッと丸まって、手のひらに爪が食い込んで痛い。
けれど、それ以上に痛いのはもっと胸の奥の方で――。
「僕……将継さんに……、愛してるって、言われて……嬉しい……。僕は、この気持ちを、上手く操れてないけど……将継さんのこと、考えると……胸が苦しい、です……。僕じゃ釣り合えないのわかってるけど……、好きな人がいるとか言ったくせに、苦しい。先生に、それは恋だって、言われました……。ごめんなさい、好きになって――」
言い終わる前にはもう、僕は将継さんの腕の中にいた。
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