寝室の攻防 其の弐

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 真剣な顔をした憂炎が、詩夏の肩を引き寄せる。  顔を上向かせられて、とっさに目を瞑った。気配が近づく。    鼻先に吐息が触れた。  ——もうすぐ唇が重なる。  そのとき、室の扉がほとほとと叩かれた。 「主上、御酒をお持ちしました」  鈴々の声だった。  反射的に目を開ける。  眼前の憂炎は苦しげに眉間に皺を寄せていた。  喉の奥で獣じみた唸り声をあげ、詩夏の肩を掴む手に力がこもる。  詩夏は小首を傾げて訊ねた。 「……いいの?」 「どっちがだ。……詩夏姐絡みで思い通りになったことが一度も無い」 「えっと、ごめんなさい?」 「そういうところだ」  憂炎は牀榻からするりと床に降り立つと「鈴々、入れ」と扉の外に声をかけた。  すぐに鈴々が入ってくる。  彼女は両手で盆を捧げ持っており、その上には白金の盃が二つ置かれていた。  どちらにも澄んだ酒がなみなみ注がれている。 「御所望のものでございます」 「ああ、ありがとう」  酒なんて頼んでいたのか、とぼんやり思い、詩夏はその様子を見るともなしに眺めていた。  憂炎が盃の一つを取る。躊躇なくそれを口元に運び、喉をそらして一息に飲む。  一瞬の静寂があった。  憂炎が一度、口に手を当てて咳をする。  その指の隙間から、真っ赤な液体が流れ落ちるのを詩夏は見た。 「……えっ」  呟く間に、憂炎がその場に崩れ落ちる。  くずおれる体を長い黒髪が追いかける。  宙に尾を引くその軌跡が、詩夏の瞼の裏に焼き付いた。  室に響く甲高い悲鳴が、誰のものか分からなかった。  侍医が来て、兵士が雪崩れ込んできて、詩夏は憂炎と引き離されて——。  暗転。
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