光と闇を生む存在

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光と闇を生む存在

 ユピは、ヒラクの知らないところで、女王と密約を交わしていた。  それは、勾玉主ヒラクを意のままに操ることができる自分が、その力で神帝を滅ぼし、黄金の玉座の真の主を迎えることに協力するというものだった。  ユピの真意はわからない。  ただ、神王が勾玉主であったことをマイラから知らされていなかった女王は、マイラへに不信感が芽生えてた。  ユピはそれを巧みに利用し、女王を自分の味方につけることに成功した。  何も知らないヒラクは、一人玉座の間に残ったユピの身を案じていた。  そして、ロイと一緒に部屋に戻ってきたユピを見てヒラクはほっとした。  ユピは女王に神帝国のことについて聞かれたのだとヒラクに伝えた。  それ以上のことはロイも決して言わなかった。  だが、ロイの表情が暗く冴えないことにジークはすぐに気がついた。  夜、ジークはロイを庭園に呼び出した。 「何かあったのか」  ジークが尋ねても、ロイは黙り込んでいた。  ランプの炎に浮かび上がるロイの顔色は冴えない。  辺りが暗いせいばかりではないとジークは思った。  白い雪の降り積もる中、しばらく黙りこんだ後、ロイは思いつめたように言う。 「ジーク……やはり勾玉主は女ではいけなかったんだ」 「この前もここでそう言っていたな。私が、陛下か勾玉主様を選ぶことになると」  ジークは同じ庭園でロイに言われたことを思い出して言った。 「女である勾玉主は望まれていなかったんだ。陛下は勾玉主を亡き者にすることさえ考えていた」  ロイの言葉にジークは驚いた。  そして到着した日以来、ヒラクが女王に謁見する機会がなかなか与えられなかったことに納得した。 「すべては月の女神の判断を仰いでからということになった。けれど……」  そう言いながら、ロイは空を仰ぎ見る。空には半分に欠けた月が浮かんでいた。 「形さえあいまいで、照らす光さえなければ、その姿さえ消えてしまう、そんな月に何を期待し、何を求められるだろう」  ロイは白いため息を漏らすと、ジークに視線を移した。 「私にとっては女王陛下こそ月の女神そのものだ。月の女神は自分を照らす光を求めている。その光こそ、黄金の玉座の主となる者だ」 「それをみつけるのが勾玉主の役目だろう。その方を亡きものにしようとは……一体なぜだ?」 「さあ。月は気まぐれに形を変えるからね」  ロイは目をそらし、あいまいに笑ってはぐらかす。 「安心していいよ。今は勾玉主様を手にかけようなどとはお考えではないようだから」  そしてまたロイは欠けた月を見上げる。 「月は簡単に闇に呑まれてしまう。太陽が光と闇をもたらすように、勾玉主の存在も光と闇を生むのかもしれないね」 「……おまえの言っていることは私にはさっぱりわからないが、陛下がお考えを改められたということは、私が勾玉主様の命を奪うなどということもあり得ないということだな」  ジークは強い口調でロイに言った。 「それでも君は誰を信じ何に従うかを選ぶことになるだろう」  それきりロイは黙り込み、ただ静かに欠けた月を見上げていた。  月を侵食する闇にユピの微笑が重なった。              ○  ヒラクがルミネスキを去る日が来た。  季節は冬の終わりを迎えていた。  南の地への好奇心でいっぱいのヒラクの瞳は爛々と輝いている。  城を出る馬車に乗り込もうとしたとき、ヒラクはマイラに呼び止められた。  ヒラクはジークやハンスを待たせて、マイラのそばに近づいた。  ヒラクのそばにはユピがいる。  それを承知でマイラは言った。 「ヒラク、一つおまえに教えてやろう」 「何?」 「黄金王が勾玉を失った理由さ」 「知ってるの?」  ヒラクは驚いてマイラを見た。  マイラはにたりと笑って言う。 「内なる光を外に求めたからさ」 「どういうこと?」  ヒラクは首を傾げる。 「勾玉の光はおまえの光そのものだということさ」 「何それ」 「もしも私が月の女神の正体を明かしていたら、おまえは自ら探そうとはしなかっただろう。求めねば答えは得られない。求めるのをやめたとき、答えを照らす光も失われる」  マイラはヒラクの琥珀色の瞳をじっとのぞきこむ。 「いいかいヒラク、迷っても悩んでもいいから、必ず答えは自分でみつけるんだ。自分の意志を他に委ねてはいけないよ」 「言われなくても、おれは自分のしたいようにするよ」  ヒラクはあごを上向けて、得意げに言った。 「ヒラク、そろそろ行こうか」  ユピが隣で声を掛けた。  それ以上マイラは何も言えず、ただユピの隣でうれしそうに笑うヒラクを心配そうにみつめた。 「よーし、南に向けて出発!」  馬車に乗り込んだヒラクは元気よく叫んだ。  その言葉を合図に御者が馬に鞭打つ。  馬車は軽やかに長い桟橋を駆ける。  空は晴れ渡り、湖面がきらきらと輝いている。  雪解けの春を待ちわびていた草花が森のあちらこちらで芽吹いている。  ヒラクは期待に胸をふくらませ、隣に座るユピに言う。 「鏡を手に入れたら、本当の神さまをみつけられるよね」 「そう思うよ」  ユピは優しく微笑んだ。 「南ってどんなところかな?」  ヒラクが言うと、向かいの席でジークの隣に座るハンスが口を挟む。 「危険なところだって言ってるでしょうが。本当の神さまでも何でもいいからまずは無事を祈りたいところでさぁ」  ヒラクは心配そうにユピを見た。 「おれはともかく、ユピ大丈夫?」  ユピは安心させるように微笑んで、ヒラクの手に触れ、そっと指をからめた。 「君が行くところならどこにだって行くよ」 「うん、約束だよ。ずっと一緒だからね」  ヒラクはつないだ手を握り返して、満面の笑みを浮かべた。  その手を振り払えないことにヒラクは気づいていなかった。                        《ルミネスキ編 完》                        《南多島海編へつづく》
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