鎌倉讃歌 #夜空

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「…結人の気持ちは嬉しいけど、まだ自信ない」 「うん。それもわかってる」  陽に焼けた大きな手が、私の髪をそっと撫でる。 「でも1年経つし、ここらで1回言葉にしてみようかなって思ってさ」  結人の優しさに泣きそうになる。 口の中がきゅうっとして、何も言えなくなってしまう。 「それに、俺がはっきりしないせいで、君が悪く言われるのも嫌だし」 「それは違うよ。あたしが…」  思わず腕にすがり、見上げると彼と目が合った。 その瞳に僅かな寂しい色が見えて、私は目を離せなくなってしまった。 結人の手が私の頬に触れた。 彼が私を求めているのが、痛いほど伝わってきた。親指で愛おしそうに私の唇をなぞり、すっと鼻先を近づけた。 彼の、火傷しそうな吐息がかかる。 ほんの一呼吸おいて、結人の唇がそっと触れた。 キスって  こんなに ドキドキするんだっけ… 「…ごめん。ずっと誰ともしてないから、下手くそで」 「ばーか。俺なんか5年だぞ」  結人はくしゃっと笑うと、もう一度キスをして抱きしめてきた。 「ずっとこんなふうに、夏月に触れたかった」 「うん…」 「大丈夫だ。俺が教えてやる」  そんな台詞をさらっと口にする結人に、こっちが恥ずかしくなる。 「さっきと言ってること違うよ」 「悪い。やっぱりもう止められない」  耳元で囁く結人の声が、私の中に入り込む。 「…遅いし、泊まってけば」  少し(かす)れてる声。 「…気持ち、止められないのに?」 「そうだな。ヤバいか」  結人が私を抱きしめる腕に力を込めた。 「でも、帰したくない」  結人の気持ちに加速度がついていく。そこまで言われたら、私だってもう子どもじゃない。 「いいよ」  たくさんのごめんねと、それ以上のありがとうを飲み込む代わりに、驚くほど自然に言葉が口をついて出た。 ずっと怖かった。 圭介を忘れてしまうことも。 結人を好きになることも。 だけど今、私が一番怖いのは結人を失うことだ。 気持ちのボーダーラインなんてひどく曖昧で、実際は幾重にも連なるグラデーションなのかもしれない。何度も過去に戻りつつ、少しずつ寄り添い、色が変わっていく。 ここで見る夕陽と同じだ。 だから、時には勇気が必要になる。 今夜の結人のように。 「ホントに?」  改めて聞かれると、今さらのように頬が熱くなる。 私は黙って彼の胸に頬を寄せた。 結人は私の無言の答えを優しく受け止めた。 「つらいこともたくさんあったけど、俺やっぱり鎌倉(ここ)が好きだわ」 「うん。あたしも…」  顔を見合わせてまた唇を重ねた。 「結人のおかげだよ」 「夏月もだよ。ありがとな」  半分ずつのふたりの気持ちが触れ合った。 今夜見た水中花火は、水面に映って円になった。 いつかは、もう半分を埋められるだろうか。 でも、急がなくてもいいよね。 これからも、ずっと一緒だから。
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