幼馴染の嘘

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僕の言葉に航平の目が徐々に見開かれ、何かを言いたげに口元が動く。 「微熱のあとの体調不良は悪阻(つわり)だったんだ。僕は妊娠してオメガだと分かった」 信じられないと言う表情で僕を見る航平の唇が震える。それは嬉しいのか、それともショックなのか。だけど航平がどう思っても僕は受け入れる。もう嘘も隠し事もしたくない。 「希の父親は航平だよ」 それを言った瞬間、航平の大きく開かれた目からぽろりと涙が零れた。その涙に僕は焦る。だって航平が泣いたのを見たことが無かったから。小さい時から転んでも注射しても、絶対に泣かなかった航平の目から涙が流れるなんて。 「こ、航平っ・・・」 僕が慌ててティッシュを取ろうとしたその時、航平に包まっていた布団ごと抱きしめられた。 「ごめん。俺のせいだ。俺が発情して真希を襲ったから、真希を苦しめた。すごく悩ませて辛い思いをさせて・・・」 僕を抱きしめる航平の腕は震え、そしてその声も辛そうに震えている。 「違う。航平はちゃんとやったよ。悪いのは僕だ。僕が自分の身体の変化に気づかず、不用意に航平に近づいたから。航平は何も悪くない」 そうだ。航平はちゃんと薬を打って部屋に籠ったんだ。そこに自ら入ったのは僕。 「違う。俺が悪い。俺が彼女の気持ちを軽んじて不誠実に別れ話をしたのがいけなかった。いや、そもそもお試しだなんて言って、彼女達のことを拒めなかった俺の意思の弱さが悪いんだ」 そう言ってぎゅっと抱きしめてくれる航平を、僕も腕を伸ばして抱きしめる。 「僕も航平に辛い思いをさせた。ちゃんと話せばよかったんだ。変に気を回して余計な嘘なんてつかなかったら、こんなに航平を苦しめなかった」 航平だっていっぱい苦しんだんだ。 どうして素直になれなかったんだろう。 どうして本当のことを言ったら、航平を失うと思ったんだろう。 後悔が胸を押しつぶす。 けれどそんな僕の耳元で航平が呟く。 「真希だけじゃない」 その言葉に顔を上げると、航平は僕と同じくらい辛い顔をしていた。 「それは俺もだ。俺だって最初から言えばよかったんだ。どんな答えが返ってきても、俺が真希を好きだって言ってれば、きっと真希だって気持ちを伝えてくれたはずなんだ。それを馬鹿みたいに腹立てて、意地になったりしたから、真希の本当の気持ちを聞くのにこんなに時間がかかったんだ」 僕達はお互いに嘘をついていた。お互いの嘘が嘘を呼び、そして2人を遠ざけた。 だけどやっと、本当の事が言えた。 「もう僕に、嘘も隠し事もないよ」 やっと心のつかえが取れた気がした。 もう嘘がバレないように、気を張らなくてもいいんだ。 僕がそう言うと、航平も『俺も』と言う。 「俺ももう、真希に嘘も隠し事もないよ」 安心したようにそう言うと、航平はふわっと笑った。その笑顔に僕も自然と笑顔になる。 きっとこの時僕達は、やっと本当に心を通わせる存在になったんだ。 全てを晒し、そしてそれを受け入れられて、今ここが僕の本当に心やすらぐ場所になったんだ。そしてそれはきっと航平も同じ。 すごく幸せだ。 こんな時が来るなんて、全然思ってもみなかった。 生まれて初めてと言っていいくらい心を満たされて、そのなんとも言えない安心感と幸福感に包まれてると、航平が不意に呟いた。 「俺って、すげぇ幸せ者だな」 その言葉に僕は視線を上げる。 幸せ者? 「だってずっと好きだった真希とは実は両思いで、おまけにその真希が生んだ子が、実は俺の子だったんだぜ。すげぇうれしい。すげぇ幸せ」 そう言って目を細める航平からは、本当に抑えきれないうれしさが溢れ出てくる。 希のこと、喜んでくれるの? 「本当?」 「ほんとも本当。あの人の子供って思っててもすごく可愛くてさ。マジあの子の父親になりたいって思ったんだ。て言っても俺まだ学生だし、父親って言うよりは近所の兄ちゃんくらいの自覚しかないのかもしれないけど、でもなんでもしてやりたいって思った。いっぱい可愛がって、いっぱい笑わせたいって」 そう言って笑う航平の顔はすごく優しい。
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