「余白を大切に」

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「余白を大切に」

"Treffen mit dem Lehrer" 先生との出会いは大学に入学してすぐの授業だった。ぼくは第二言語でドイツ語を履修していて、偶然僕たち一年生の授業を受け持ったのが、先生だ。ドイツ語は先輩や周りから難しいと言われていて取る人が少なく、不安でしかなかった。なぜドイツ語を選んだのかは自分でもわからなくて、選んだ時の自分を責めてやりたかった。想像上のドイツ語の授業では、先生もさぞ厳しい人で、大量の課題にレポート、テストも単位を取得させるためではなく、ほぼ落単させるためのテストを出してくるのだろうとか非常に良くないイメージとして考えていた。 やはりドイツ語を選択している人は少なかったためか、僕たちの教場は定員が20〜30名ほどの大きくはない教場だ。辺りを見渡してみたが、みんな余裕の表情である。教室で飛び交う話している人たちの喋っている言葉がドイツ語のように聞こえる。でっけぇドイツ語の辞書を開いて真剣に読んでいる人もいるから、教室でひとりとんでもない授業を取ったかもしれないと怯えていると、先生が教場へ入ってきた。 見た目は想像に反して、背の高いスラっとした細身の体格をした優しそうな先生だった。年齢は自分の親と同じくらいか少し下くらいで、服装はシンプルで紺色のシャツに黒パンツを履いていた。容姿は良い人そうだ。しかし簡単に人を見た目で判断しちゃいけない。最初は優しそうな雰囲気を出して、授業やテストでぼくたちを貶めてくるタイプかもしれないと身構えていた。 そして、先生はぼくたちに向かって話し始めた。 「皆さんこんにちは。学校生活には、慣れましたか?入学早々、課題やレポートが多いのではないでしょうか。この授業では、課題やレポートは一切出しません。90分の授業で、必ず休憩も挟みます。その代わり、授業中だけは頑張りましょう。」 先生は丁寧にはっきりと、たしかに言った。全て聞き間違いかと思った。先生は続けて、 「この授業は教科書を使いますが、みなさんこれまで小、中、高と教科書を最初から最後まで終わらせた事はありますか?学校では時間の関係で、最後までページをめくることは無かったり、テストに出る出ないの関係で、飛ばしたりしたと思います。なので、教科書を最初から最後まで飛ばさずに終えた事がある人は、少ないのではないでしょうか?そして不完全燃焼というか、終わってないことを終わったことにしたりするのはムズムズするでしょう。だからせっかくこの授業を取ったのなら、皆さんには、記憶に残る体験をして欲しいです。なので、この授業で、教科書を最初から最後まで飛ばさずに終わらせます。」 と、先生の言葉からは熱意と覚悟が感じられた。もはや授業の教場を間違えたかと思った。いや然し、まだ授業は始まったばっかりだ。授業の最後に、「というのは冗談で、来週までにここからここまで全部日本語に訳してきてください。ドイツ語が簡単に身につくなどとおもうなよ?」などと言われ、来週までに小学校の夏休みくらい多い課題を出してくるんじゃないかとひとりで勝手にヒヤヒヤしていた。そうして、自分勝手な妄想が現実になることはないまま授業終わりのチャイムが鳴った。 あっという間だった。しっかり休憩の時間もあり、課題も出さなかった。ドイツ人は、年間約125日以上休暇があるらしい。そして「余白」を大切にするらしい。だから、ドイツ人は仕事で残業なんかしないという。余白、つまり「自分の時間」を大切にするから、授業などでも、メリハリがあると先生は教えてくれた。先生はせっかくなら、ドイツ語だけじゃなくて、ドイツの文化やドイツ人らしさを体験して欲しいと授業中に言った。ぼくは大学の授業は、教授の言っていることをひたすら聞いて、ひたすら板書するものを想像していた。しかし、授業で能力や教科書に載っている事以外を教える授業は、新鮮でめちゃくちゃ楽しかった。 これがぼくと先生との出会いだ。ここからぼくはドイツ語やドイツが好きになっていくのだが、今回はここら辺で書き終えたいと思う。まだまだ書きたい事はあるが、それはまた別の機会に少しずつ書いていくことにする。 いつでも余白を大切に。 Auf Wiedersehen.
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