2.お百度参りでつかむ恋

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2.お百度参りでつかむ恋

 住んでいるアパートからバス停までの道のりには神社がある。  実家を出てからずっとそこに住み続けているわたしにとっては何度も前を通り越していた馴染みある神社だが、祀られているのがどんな神なのかも知らない。  どこにでもありそうな簡素な神社だから、古事記に出てくるような有名な神様を祀っているというのではなく、この土地の氏神や鎮守といったところだろう。  その女子高生は学校に行く前に立ち寄っているようで、制服姿に学校指定のバッグを肩にかけ、神社の階段を下りてくるところによく出くわす。  きっと近くに住んでいて、一番近くにある神社だからついでに参拝しているのだろう。 「足繁く通ってるから大学受験祈願ってところかな。案外、恋愛成就ってことも考えられるけど。でも、今どきめずらしいよね、毎日神社に参拝なんて」 「ウエハラ、あなた忘れてるよ、高校を卒業してからもう八年が経とうとしていることに」  八年という年月がさらりと過ぎ去っていることにおののくも、「べつに、女子高生気取ってるわけじゃないし」と、もの申しておく。 「もはや高校生なんて異次元だから。移り変わりの早い世の中で、唐突にあそこは御利益あるとかいう都市伝説が生まれたりするし、そもそも彼女たちの間でお百度参りが流行ってるのかもしれない」 「お百度参り?」 「毎日毎日、百日かけて参拝して願い事を成就させること。百日もかけてられないときとか、緊急を要するときは一日で百回お参りするの。鳥居から拝殿の前までを行き来してね」 「神頼みに否定的なのに、そんなことは知ってるのね」 「普通の女子並みに、パワースポットとか興味ないわけじゃないよ」  へぇ、と相づちを打つ。  まぁ確かに、占いとかおまじないとか、女子が一度は通る道だ。  スマホを片時も離さず常に情報をチェックしているニシジマなら、やってみようとは思わなくても知っていそうではあった。  今日も、お目当てのキッチンカーがここへやってくる情報も得ていたし。  ニシジマは最後までとっておいたミニトマトを名残惜しそうにかみしめた。 「それで。どんな神が祀られているかもわからない神社なのに、その女子高生に感化されてウエハラも参拝を?」 「まぁね。二、三分早く出てくればいいだけのことだし、なんだか、ピピッてきたしね」 「毎日目の前を通っていた神社にいきなり運命感じるとかよくわかんないけど。ちなみにお賽銭はいくら?」 「一回十円」 「せこくない?」 「そんなもんでしょ。それこそ百回で千円だよ。千円の賽銭なんてしたことある?」 「百回も参拝したの?」 「お百度参りなんて知らなかったから数えてないけどさ」  にやけるわたしになにかを察知したのか、ニシジマは背もたれにのけぞって露骨に不機嫌な顔をした。 「なににやけてるの」 「別に」と、しらを切る。 「やっぱり。やっぱり職場か」 「そんなんじゃないよ」  と、とぼけてみるが、ニシジマには通用しなかったようで「わたしより早く当たりを付けていたとは」と嘆いた。 「人聞き悪いな。こういうのはね、ピピピだよ。ニシジマもお百度参りしてみなよ。ピピッときた神社ならどこでもいいんだよ。こう、引き寄せるっていうかさ――」 「もういい、もういいよ。神社行くぐらいなら開運アプリでも探すわ」  本当にそのつもりなのか、テーブルに伏せておいたスマホを取って慣れたように片手で操作する。  焦ってないと余裕をかましながら、これはつけ込まれるフラグが立ってるんじゃないかと心配になってくる。 「ねぇ、そのうちマッチングアプリを開運アプリとかいったりしないよね?」 「まさか。出会いは社内で求めることにしたんだから。ミキちゃんもそうだけど、ウエハラまで情報をつかんでいなかったとは。不覚だわ」 「情報っていわれても……付き合ってるとかじゃないよ? そんな噂なんて……」 「なにのんきなこといってんの。こっちはそのつもりっていうオーラ全開でいきなさいよ。一度失敗してるんだから」 「ニシジマにいわれたくないわ」  口先だけは怒っておいて、腹の中はそうでもなかった。  給湯室で入れてきたマイボトルの冷たいお茶を飲み干す。  実は最近ちょっと接近中のひとがいる。  経理部の柊さんだ。  大きくもない会社だから柊さんの顔は前から知っていた。  給湯室で顔を合わせたこともある。  エレベーターで乗り合わせたときにふたりだけの気まずい空間をやり過ごしたこともある。  ついでのように誘われた飲み会で向かい合ったこともある。  駅のホームで肩がぶつかって頭を下げたら柊さんだったこともある。  コピー機の用紙がつまったとき、たまたま通りかかった柊さんが対応してくれて、初めてまともに会話した。  正直いって最初から意識していたわけではない。  なのに、柊さんとはなんとなく誰よりも顔を合わせているような気がしていた。  マイボトルはおそろいだ。  とはいっても、一緒に買いに行ったのではない。  わたしが持っているのを見て柊さんがちょうどいいサイズ感だと気に入り、どこで購入したかを聞かれたのだ。  コツコツと参拝しているような積み重ねに、「こっちはそのつもり」っていうオーラをまとわりつかせなくても、連絡先を聞かれるまであとちょっとかなって勝手に思っている。 「ちょっと、なによ、その余裕。本当の本当にこっちはそんなつもりなかった、ごめんなんて言われたらどうするの。相手は悪くないなんて、かわいこぶってる場合じゃないんだから」 「ニシジマこそどうなの。うちの会社で、そうそういい人もう残ってないんじゃないの」 「実は、なんだけど……」  ニシジマは急に声を潜めた。 「経理部の柊さんって知ってる?」 「えっ」 「驚くことないでしょ。たしかに、顔は普通だし、どうってことないかもしれないけど、悪い噂聞かないじゃない。いい人そうだもん」  これはまいった。  わたしはこっそりとマイボトルをバッグにしまった。  ニシジマと柊さんを取り合うことになったら泥仕合になりかねない。  ここでズバッといっておかなければニシジマとの間に亀裂が生じるのは避けられないし、だからといって柊さんに興味を持たれていなければ騒ぎ立てても恥をかくだけだ。  そもそもわたし、ちゃんと柊さんに恋してるのかな。 「柊さん情報、なんかつかんだから教えてよね」  そんなこといわれても、マイボトル情報なんていえないし。  ニシジマの本気度も見抜けないわたしは、結局、態度を保留したままになってしまった。
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