暑さ対策は万全に

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暑さ対策は万全に

 僕の住む街には、通り抜けの出来ないよう長い柵で囲われた森がある。  鬱蒼(うっそう)と言うには程遠く、等間隔で植林されたように整然と木々が立ち並んでいる。  中に入れずとも分かるよく管理されたこの森には、出入り口と(おぼ)しき門がひとつだけあり、そこから通じる道の奥の奥に、秘邸(ひてい)と呼ばれる屋敷があるらしい。  周りの大人たちが噂するだけで、実際には誰もそれを見たことがない。  ただ、大企業の創設者が所有している土地とも言われ、日本人なら誰もが耳にしたことがある企業だと言われている。 『門を出入りする車を見ると、幸運が訪れる』  もちろん誰の目から見ても分かるに限る。  僕らの街にあるこの森は、皇居のような神社のような、神聖な場所と感じられるところだった。  秘邸に住む者……その森の(あるじ)が乗る車なんだから、見かけたらラッキー! てな具合で広まった噂だった。  僕は衝動にかられ、自転車を走らせた。中学3年の夏休み、受験勉強に大切な時間を僕は僕の衝動に委ねた。  日に何度も通らない車を拝もうと、僕は照りつける太陽を全身に浴びながらも森へと急いだ。  高校受験の夏期講習、変わらない日常、鬱々とした気分……それらから逃げ出すかのように思い立った行動だった。  僕の漕ぐスピードで約50分はかかるところだ。自転車があればどこへでも行けると思っていたので、僕にとってはわけない距離である。  しかし、僕の足を止めたものがあった。 ──猛暑。  そういえば僕のスマホにすごい太陽がでてたっけな。  天気アプリが伝えてくる太陽のマークが危険を知らせてたな。  あ、ちょっとやばいかも。  冷房で怠けた体と、帽子をかぶらず飛び出した僕に太陽の直射が降り注ぐ。  どこへでも行けるはずだった僕の自転車は、翼をもがれ僕もろとも路肩へと倒れ込んだ。 ──これが熱中症というやつか……ぱたり。
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