巡りの僧

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 家に帰ったガジは、寝台に腰かけると掛布を羽織って目を閉じた。頭の中には先ほど聞いた巡りの僧の言葉が響いていた。  父と母は大好きだ。アリィと毎日こなす羊番の仕事も、大変だけど嫌だと思ったことはない。この村を出るなんて考えたこともなかった。  けれど、とガジは目を開けて懐を探った。  折りたたまれた端切れの布を広げると、銀色の鈴がころりと転がる。指先でつまみ上げて軽く振れば、リィンと優しい音がこぼれ落ちた。  この音を聴くたびに、澄んだ春の空色がガジの心に湧き上がる。あの少年のことを思い出すたびに、胸がぎゅっと締めつけられた。  ペナンに行ったところで、彼とまた会えるとは限らない。むしろ会えない可能性の方が大きいだろう。そのために今の生活を捨てるなんてあり得ないことかもしれない。  それでも、諦めてしまえば、もう絶対に彼とは会えないのだ。 (僕は、鈴の君にもう一度会いたい)  ガジは鈴をしまうと寝台を降り、灯りのこぼれる土間に行く。母親は湯気の上がる鍋をかき混ぜ、敷布に座った父親はゆるりと(スーチャ)を飲んでいるところだった。  ガジは早鐘のように鳴る胸を押さえながら二人に声をかけた。 「父さん、母さん。……僕、僧になりたいんだ」
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