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村が燃えていた。
立ち上る黒煙の中揺らめいているのはランカスター家の旗だった。
旗の下には騎士が一人、悠然と座っている。
カイトシールドを地面に突き立て、その上に両手を預けている。
盾に描かれた紋章は獅子と牡鹿。見忘れるはずのない図像だった。
「あいつ、俺の村を……」
岩陰に隠れ、アーチボルドは誰にともなくつぶやく。焼かれた村は、彼の領地だった。騎士となって初めて手に入れた村だった。
村は炎と煙以外動くものはない。
村人も敵兵も、見える範囲の者は皆死んでいる。
アーチボルドは騎士を見つめたまま、左手をわずかにあげて弓兵を手招きする。
こちらは森の中だ。樹々の影を縫うように動きながら、スコットランド生まれの弓兵が近づき、彼の隣の岩陰に身をひそめる。
「あの騎士だ。おなじみの奴だ」
「ちょうど三勝三敗してるんでしたっけ?」
「四勝二敗だ、間違えるな」
「はあ、すんません」
「当てられるか」
「この距離ならチェスのコマにだって当てられます」
くだらないことを聞くな、というふうに弓兵。
「よし、やれ」
そう言ったときだった。
騎士が敬礼のしぐさをした。ちがう、面覆いを上げたのだ。
無論、顔など見えない。だが、
おまえのことは見えているぞ
そういう合図に見えた。
「やっぱり、ナシだ」
アーチボルドは弓兵に言った。
「はあ?」
「騎士らしく、名乗りあって勝負してくる」
「正気ですか、釣りですよ。あそこにああしているってことは、絶対どこかに部下を隠してますよ」
「ならば部下ごとなぎたおすまでだ」
「はあ」
「ポールに俺の剣をもってこさせろ。ツーハンデッドだ」
ポールと言うのはアーチボルドの従者、十四歳だ。
「はいはい」
生意気な弓兵は、来た時と同じように下がっていった。
アーチボルドは騎士の名を知らない。
ただ、このランカスター家とヨーク家の戦いで、六度、あいまみえた。
実力は伯仲、勝つときも負けるときもわずかな隙や偶然が原因だった。
あの男を、力でねじ伏せたい。
アーチボルドはずっとそう思っていた。
今度こそ。
ポールから両手持ちの大剣を受け取り、アーチボルドは岩陰から立ち上がった。
ランカスター家の旗の下の騎士が、ゆっくりと身を起こした。
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