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 夕刻。  部屋の棚の配置を変えようと動かしたら、飾ってあった石が転がり落ちた。  こぶし大のそれは僕のタブレットを直撃し、鈍い音を立てた。 「ちょっ! まじか!」絶対割れた。  絶叫して飛び跳ねる。中二まで頑張って小遣い貯めて先月ようやく買ったのに。  ちょうど廊下にいた母親が勢いよくドアを開けて僕を睨んだ。 「海人、ドタドタ騒がない」 「いや、そんなことより石が僕の大事な愛機の上に落ちて」 「あんたが欲しがった石でしょ。大切にしないから」  まるで「天罰よ」とでも言わんばかりの含みを残してドアを閉めた母親に腹を立てる余裕もなく、僕は床に這いつくばった。 「無事か?」  恐る恐るタブレットの上の石を除けると、傷も凹みもなかった。ちゃんと起動もする。  胸をなでおろし、人騒がせな石を掴み上げようとしたとき、その球体の中央に亀裂が入っているのに気がついた。  母親が言うには幼児のころ、座敷に置いていたこの石を、なぜか強烈に欲しがったらしい。よく見たら、きらきらした鉱石が混ざっているが、特に魅力は感じない。この際だから中身を見ようかと、力を入れて割ってみた。  石の断面は鋼のような光沢の粒と、ガラスのような鉱石が混ざっていて綺麗だったが、なにより僕を驚かせたのは、中央に折り畳まれて入っていた紙だ。  広げてみるとB5サイズほどの無地に、歪な文字がびっしり書き込まれていた。  石の断面には接着剤のようなものが付着していて、誰かが意図的にこの紙を隠したのが分かる。  僕は薄気味悪さを感じつつ、文面に目を通した。 『やっと文字が書けるだけの握力が生まれた。2歳の手は使いにくくてしかたないけど、ぜいたくは言ってられない。ぼくの意識がこの頃、本当の海人に飲み込まれそうになることがある。時間がないのかも。 ぼくが白竜の滝の崖で殺されてすぐ、無我夢中で飛び込んだのが、観光に来ていた海人の母親の腹の中だった。9か月後ぼくは、戸田海人としてこの世にもう一度生まれた。意識はぼく、杉本樹良のままで。 海人の両親に罪悪感はあった。ぼくが占領していることで、海人の意識は押しつぶされている。 でも待ってて。もう少し大きくなって、ぼくをあの崖から突き落とした男を同じ目にあわせたら、ぼくは消えて、海人を返す。 ただ、いつまでこの意識が持つか正直不安だ。 だから、意思を固めるために計画を書き記しておく。 ぼくを殺した犯人を突き止めて懲らしめる。だれかにぼくの死体を見つけてもらう。この二つ。 早く大きくなれ、この体。ああ、じれったい。 本当にむかつく。14歳で殺されなきゃならないほどの罪なんて犯してないぞ。ちょっと婆ちゃんと喧嘩して、家を飛び出しただけじゃないか。なあ、そうだろう。 孤独につぶされそう。  海人の両親は優しいけどぼくに向けられたものじゃない。胸が痛い。 話し相手が欲しいよ海人。 ぼくが占領してるのに、言えた義理じゃないけど。 目的を達成したらこの体、絶対返すから。 そしたら、少しだけ話そう?』
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