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 内容を理解できず、目が痛くなるほど紙面を眺めた。  手紙なのか覚え書きなのか、それとも誰かのいたずらなのか。  その文章が終わったところに、大きめの付箋が貼ってあった。付箋には同じ筆跡でこうある。 『ごめん、あきらめた。この体は海人に返す。わがままを通すことの罪を理解した。ぼくはこの石の中で眠るよ。ほんと、ごめん』  石の中。  割れたまま床の上に転がっている石を拾い上げ、手の中で元の球体に戻した。その瞬間、全身を貫いて流れた電流のようなものを、どう表現すればいいだろう。  気づいたら僕はその丸い石を持ってリビングに飛び込んでいた。 「母さん、この石、どこでいつどうやって拾ったの。拾った場所で事件とかなかった? 2歳の頃の僕ってどんなだった? 変だった?」 「石で頭でも打った?」  いつものあきれ顔を返してきた後、母親はソファで煎餅を齧りながら簡潔に質問に答えてくれた。  石は僕が生まれる9か月前、夫婦で観光に行った白竜の滝の近くで拾った。坂の上から転がってきたそれを、収集癖のある父親が持ち帰ったもの。もちろん事件などない、のどかな日だった。石は赤ん坊の僕が欲しがって泣いたので、渡して好きにさせたらしい。これは何度か聞いたことがある。  2歳までの僕は、驚異的に育てやすいという以外、特に変わった子ではなかった。ただ、2歳の終わりに問題行動を起こし始めた。 「問題行動?」 「滝に行こうって毎日泣くようになったの。特に有名でもない白竜の滝に」  僕の背筋が冷たくなった。 「で、どうしたの?」 「お祓い師に除霊してもらった。私は反対したけど、お父さんがそういうの信じちゃう人だからさ。ちょうど2歳の終わりの日にね。そしたら、憑き物が落ちたみたいにあんたは素朴な子になった」  母親は、今でもただの偶然だと思っているらしく、だから僕にもその話はしなかったらしい。 「あのさ、杉本じゅらって名前に聞き覚えない? 樹に良って字」 「そんなきらきらネーム、聞いたら絶対覚えてるけどね」 「なら、いい」  いろいろ質問を返される前に、僕は部屋に戻った。
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