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一
どの星からも距離を置いた宇宙の只中で、目を覚ました者がありました。
生まれながらにしてあたたかな炎に包まれています。眩しくて華やかな光の渦に抱かれ、まだ内側に熱が上がりきらず暗い自分自身が面映ゆい。そう感じたのが初めての思考でした。
ふと呼ばれたように思いました。自分の名前を、いや名前などないのかもしれない、それでも自分の存在を愛をもって呼びかけてくる、自分以外の存在に気が付きます。
前を飛んでいるのは、一羽の鳥でした。
だったら呼び声は名前や言葉など意味のある類いのものではなく、鳴き声だったのかもしれない。そうも考えました。
彼(もしくは彼女)はまだ知らないことですが、空気のない宇宙で音は伝わりません。だから呼びかけの声など届くはずはないのです。全ては錯覚でした。
一つ言えるのは、彼がこれから生きる道標となる存在が前を飛んでいることでした。
父か母か、先輩か師匠か、とにかく己の先をゆく概念を包括した存在が目線の先で背中を見せておりました。
強いて分類を試みるなら、その者から受け取れるものは母性というより父性に近いものであったでしょうか。手とり足とり世話をすることはなく、ただ雄大な翼を広げていたのですから。
いいえ、この父か母かという論も、やがて手近な惑星で繁栄することになる知的高等生物ヒト、つまり人類の文化に準拠した定義でしかないのです。
いずれにせよ彼はその先ゆく者を、親と認識したのでした。
物心がついたときには先代としてそこにあり、煌煌と行く先を示すその姿に、思慕の念を抱くまで長くはかかりませんでした。
どんな日も例外なく視界には親の背中がありました。
親と同じ燃えるような紅色の翼が、彼自身の体からも伸びています。
姿を映す水もない宇宙において、己の姿を概観するすべはありません。親を見て自我を育み、彼は彼という存在を理解しました。
彼は鳥でした。不死の定めを抱いて宇宙に生まれ落ちた、親と同じく一羽の鳥でした。
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