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「俺が誘ったのか? それとも……」
顔を歪めながら言いにくそうにイアンが呟いた。
「正直、覚えてなくて……でも私、彼氏に振られたばかりだし……たぶん私からのような気もしないでもない……」
いたたまれない気持ちになった。
私、伊勢香澄は、高校卒業後、社会人2年目にして、祖父の遺したアパートの管理人さんをしている。父母は私が小さい頃に他界し、その後おじいちゃんと一緒にこのアパートに住んでいたけれど、そんなおじいちゃんも1年前に亡くなって、私はひとりぼっちに。
けれど、このアパートの住人はみな良い人ばかりで、そのおかげで私はなんとか暮らしていけている。
『香澄、今日ランチはどう? あんたまたフラれたんでしょ? スムージーで乾杯しましょ』
同い年、大学生であり親友の高梨楓からのLINE。
『寝坊して弁当作れなかったから行くー。ついでにフラれ乾杯もするー』
楓の大学と私のアルバイト先『ベーカリータナカ』の直線上に、いつも行くオシャレカフェがある。時間を合わせて、待ち合わせ。
私は時々そんな風に、楓とはランチしたり居酒屋で飲んだりしていた。
「四代目だっけ?」
「失礼なっ! まだ三代目じぇぃそうるだっつの!」
そうなのです。最近また彼氏に逃げられました。
「いつもながら愛が重すぎる、と」
「それな」
私は自分で言うのもなんだけれど、世話好きな方で。ちょっとしたことに口を挟みたくなってしまうだけでなく、あれやこれやと手もかけたくなっちゃって。得意の料理で胃袋を掴もうとし、彼氏のためにと思って行動したことが、ことごとく裏目に出るタイプ。最後には「おまえは俺のオカンか!?」と言われ、フラれてしまう。
楓は、まあいつものことよ次は四代目じぇいそうるよ! 乾杯! と完全スルー。大好きなブルーベリースムージーのグラスをカツンとして、忘れることにした。ひと通りお喋りして、楓の話題は変わる。
「それでねえ。あの例のごとく、アラブのイケメてる留学生王子なんだけどさあ」
「え? またなにかやらかしたん?」
楓がお水を一口飲んでから、話し始める。
「ん……それがさ」
噂は聞いていた。粗暴で横暴、ああ言えばこう言うの、困った中東の小国からの留学生がいると。
「そうなのよ。今度は教授と、これね」
楓が人差し指でペケを作る。
「そうなんだ。教授さまとやりあうなんて、ほんとすごいね」
「でしょ!? 私なら吐けんわ。あんな暴言」
私がミートパスタ、楓がハンバーグセット。ここのランチは盛り付けがオシャレで、私は家で料理を作るときに、いつも盛り付け方を参考にしたりしている。
「もうそろそろクビかもね」
親指を立てて喉元でスイっと。
「退学な……でもそれくらい酷いんだ。なんか人間性を疑っちゃ、」
言いかけた瞬間、楓の表情が変わった。人差し指を口元にもってきて、シッと小さく言う。
カランとドアベルの音と同時に入ってきたのは、なんと今噂していた張本人の王子さまだった。イケメンというよりは見目麗し系。で、もちろん長身。白い布を首に巻いている。なんという名前かはわからないけど、アラブの男性がよく身につけている象徴的なものだ。
ただ。洋服はふつーにTシャツに綿パン。
「やば。かっこよ」
私が小声で言うと、楓は澄ました顔でストローに口をつけ、グリーンスムージーをぞぞぞと飲んだ。
「見た目だけな」
彼は私と楓の座っているテーブルの1つ置いて隣の席に座った。
首をすくめる思いだ。噂をすれば影。こりゃ偶然がすぎるってもんだ。
で? ちょい待て。今なんつった?
ご注文は? と言う店員に向かって、「なんでもいいから腹にたまるものを持ってこい」
持ってこいだ、は? なんなのその態度? 楓から話は聞いてはいたけれど、あまりにも態度がデカくて不遜すぎた。
目を見開いて楓を見ると、ジト目でちっと舌打ちでもかましそうな顔だ。
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