旧隧道

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 達則は海沿いの小さな集落、苫冠(とまかっぷ)に住む小学生。通っている小学校は隣の集落、根別(ねべつ)にある。だが、そこまでの道のりは長く、途中には山道もあるので、苫冠から来る小学生はスクールバスを使っている。スクールバスと言ってもミニバンで、数人が乗るぐらいだ。  今日も授業を終えて、達則は苫冠に向かうスクールバスに乗ろうとしていた。中にはすでに、苫冠に住む小学生、桜(さくら)が乗っている。  達則が乗ると、運転手は振り向いた。全員乗った。これで出発できる。 「全員乗ったね。じゃあ、行くよ」  スクールバスは小学校を出発した。校庭では、何人かの先生が見送っている。竜則と桜は手を振って応えている。いつもの光景だ。  スクールバスはしばらく根別のメインストリートを走っていた。この辺りは人通りが比較的いい。だが、大都会と比べると少ない。  スクールバスの中はとても賑やかだ。まるで乗っている人々が家族のように仲良しで、話し声が絶えない。 「達則くん、今日はどうだった?」 「いつも通りだよ。帰ったら勉強しないと」  達則はため息をついた。年が上がるごとに、勉強する事が増えてきた。中学校になると、もっと遠い所から通う事になるし、勉強する量も多くなる。そして、高校受験も待っている。  やがてスクールバスは海沿いに入った。この先は断崖絶壁の斜面と海のわずかな平地の間を走る。この辺りに民家は全くなく、とても静かだ。  やがてスクールバスは苫冠トンネルという長いトンネルに入った。ここを抜ければ、苫冠だ。あと少しで、家のある集落に着く。  桜は振り向いた。だが、達則は寝ている。よほど疲れたんだろうか? 「あれっ、寝てるのか」  達則は長いトンネルの中で寝てしまった。  達則が目を覚ますと、トンネルの中だ。だが、いつも通っている苫冠トンネルではない。トンネルの壁がレンガ造りで、歩道がない。明らかにおかしい。苫冠トンネルって、こんなトンネルだったかな? 達則は首をかしげた。 「あれ? このトンネルは? いつも通ってるトンネルと違うなー」  達則は横を見た。だが、桜がいない。今さっきまでいたのに。どこかで降りたんだろうか? いや、そんなはずはない。僕と同じ苫冠で降りるはずだ。どうしていないんだろう。 「あれ? 桜ちゃん?」  達則は辺りを見渡した。そこには何人かの子供がいるが、見覚えのない子供だらけだ。違うバスに乗ってしまったのかな? いや、僕は苫冠に行くスクールバスに乗ったんだ。間違いない。 「あれ、知らない子供ばかりだな」  その時、頭上から大きな音がした。だが、車内の誰も気付いていない。一体、何の音だろう。竜則は首をかしげた。 「ドーン!」  だが、次の瞬間、トンネルの上から巨大な岩が落ちてきた。そして、巨大な岩がスクールバスをあっという間に押しつぶす。あっという間の出来事で、乗っている人々は何があったのかわからない。 「うわぁぁぁぁぁ!」  達則は悲鳴を上げてしまった。何が起こっているんだろう。こんな事で死ぬなんて、嫌だよ。  と、達則の周りには死者が倒れている。達則を取り囲んでいるようだ。まるでこの世の地獄だ。達則は呆然とその場に立っていた。 「達則くん、どうしたの?」  達則は目を覚ました。そこには桜がいる。バスはすでに苫冠トンネルを抜け、苫冠に入っていた。 「えっ!?」  達則は呆然となっていた。何が起こったのか、全く把握できていない。 「うなされていたよ」  どうやら自分は悪夢にうなされていたようだ。達則はほっとした。 「大丈夫、ちょっと悪い夢を見ただけ」 「そっか。それはよかった」  桜はほっとした。何か病気じゃないのかと思ったが、そうじゃなかった。  程なくして、バス停が見えてきた。そのバス停は、路線バスではなくて、スクールバスのバス停だ。数年前まで路線バスが走っていたものの、利用客の減少で廃止されてしまった。それ以来、苫冠の住民は不便な生活を送っているという。 「さて、もうすぐバス停だ」  スクールバスはバス停に停まった。スライドドアが開き、竜則と桜はスクールバスから降りた。 「ありがとうございました」  運転手がお辞儀をすると、2人はお辞儀をした。 「また明日!」  2人は帰り道を歩いていた。達則はあの夢の事が気になってしょうがなかった。あの夢は一体何だったんだろう。 「どうしたの?」 「いや、あのトンネルが気になってね」  桜は不思議に思った。苫冠トンネルがどうして気になるんだろう。いたって普通のトンネルなのに。 「どうしたの?」 「いや、何でもないよ」  桜は不思議そうに見ている。達則はあのトンネルの中で、どんな夢を見たんだろう。気になるな。  その夜、達則は家族と晩ごはんを食べていた。父は漁師で、母は専業主婦だ。食卓には魚料理が並んでいる。 「達則、どうしたの?」  母は達則の様子が気になった。達則はあのトンネルでの夢が気になってしょうがなかった。 「帰りのスクールバスで夢を見て」 「えっ!?」  母は驚いた。何かを知っているようだ。達則はその表情が気になった。母は何かを知っているんだろうか? 「どうしたの?」 「あのトンネルで崩落事故があったって知ってる?」  達則は驚いた。まさか、苫冠トンネルで崩落事故があったとは。あの時見たのは、その崩落事故の夢だろうか? 「えっ!? その夢だ!」 「あの崩落事故、ニュースで話題になったし、とても辛かったわ。スクールバスが下敷きになって、みんな死んだんだって」 「そうなんだ・・・。まさか、あの夢を見てしまうなんて」  スクールバスが下敷きになった。まさにあの時の夢だ。あの時見た夢は、まさにあの事故の夢だったんだな。 「明日、それで閉鎖されたトンネルの入り口に行ってみる?」 「うん」  明日は休みだ。ちょっと気晴らしにかつての苫冠トンネルの入り口に行ってみよう。  翌日、達則は母の車で旧苫冠トンネルの入り口にやって来た。そこは行き止まりになっていて、アスファルトの道路の所々からは草が生い茂っている。もう使い道がないから、整備されていないんだろう。  旧苫冠トンネルはレンガ造りだ。あの時見た夢と同じようなレンガが使われている。達則はつばを飲んだ。この中で、崩落事故があったのか。 「ここなんだ」  その横に、母がやって来た。事故が起こった時には、地元の人が多くやって来て、被害者の無事を祈った。中には、救助に参加する人もいたという。だが、その願いもむなしく、全員死亡という最悪のシナリオになってしまった。 「大変だったんだよ。多くの親族がやって来て、無事を祈ってたんだけど、みんな亡くなって」  母はいつの間にか泣いていた。あの時の事故があまりにも悲惨だったからだ。突然、何人もの尊い命が奪われた。何にも悪い事をしていないのに、自然の脅威に負けてしまうなんて。 「そうだったんだ」 「今のトンネルは、その代わりにできたんだって」  今使われている苫冠トンネルは、その時の教訓を基に、安全対策を強化したそうだ。旧苫冠トンネルは復旧される事なく、そのまま朽ち果てていくのを待つばかりだ。 「そうなんだ」  達則はその話に聞き入っていた。自分はその事故を知らない。だが、伝えていかなければならない。 「もうこんな事故が起きてほしくないね」 「うん」  2人は旧苫冠トンネルを後にした。その横を、新しい苫冠トンネルを通ってきたトラックが通り過ぎていく。その車は、このトンネルで起こった悲劇を知らないようだ。
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