偽り家族

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偽り家族

「おいおい、勘違いするなよ。これは、あくまでも演技だ。おれたちは役者だ。夫婦、それから家族を完璧に演じなければならない。だから、人前ではきみをちゃんとエスコートするし、それっぽい愛情表現もするだろう。だが、当然ながらそこに愛などない。完璧に夫婦や家族を演じきり、任務をこなすんだ。多額の謝礼を受け取る為にね。きみもそこのところはわきまえてくれよ」  ムカつく。シンプルにムカつきすぎる。  これが、わたしの夫役であるコリン・キャンベルとの初対面にして初の会話だった。  違ったわね。初のムカつく忠告だった。  この日、わたしたちは夫婦になった。そして、義理の父と彼の子どもも得た。さらには、執事と料理人と三人のメイドと一匹の猫も得た。  まだ二十二歳。両親も家もなにもかも失った「ド底辺令嬢」。違ったわね。得た物もあるわ。  それは、後見人とは名ばかりの叔父一家。そして、彼らがつくった多額の借金。  彼らは、ズカズカとやって来てあっという間にオルコット男爵家を潰してしまった。それどころか、わたしからすれば果てしのない額の借金をつくった。  後見人という名の災厄たちは、借金の返済をわたしにおしつけ、いまはわたしが受け継いだはずのオルコット家の屋敷ですごしている。  あいかわらず借金をつくりつつ。  というわけで、わたしはいま多額の借金返済の為にここにいる。  稼ぐ為に、いわくつきの家族の一員となって演じるのである。  わたしことミヨ・オルコットは、ミヨ・アッシュフィールド公爵夫人として、夫である公爵、義父と義理の息子、使用人や飼い猫と家族となり、任務をこなすことになっている  これがいつ終わるかはわからない。  それから、五体満足で終われるかどうかも。  でもまぁ、とりあえずはこれでしばらくの間は衣食住には困らない、はず。  ただ一つ、夫役のコリン・キャンベルとうまくやっていけるかどうか。そこが問題なのだけど。  この勘違いはなはだしいチンピラ男。  いつか思い知らせてやりたい。  だから、いまはおとなしくしておこう。  覚悟を決めたら、頭も心も不思議とそのモードになってくれる。  わたしの思考や性格は、わりと単純なのかもしれない。 「完璧な家族になるまで、みっちりと特訓をしてもらう。アッシュフィールド公爵家の一員として恥ずかしくないよう振る舞う為に、それぞれ完璧に役を作り上げてもらう」  招集された屋敷は、本当のアッシュフィールド公爵家の屋敷らしい。  アッシュフィールド公爵家は、実在する名家。このホルスト王国にある公爵三家の一家で、歴史は相当古いらしい。だけど、代々一族の人たちはかなり偏屈でかわっているとか。  王都からずっと離れた広大な領地にひっこんだまま、いっさい付き合いをしないというから驚きである。  彼らは、王家の絡む行事ですらいっさい出席しないという。というよりか、暗黙の了解で王家の方から誘わないらしい。  そのアッシュフィールド公爵家を装うというのが、今回の任務なのである。  まあ、任務というときこえはいいけれど、単純に金貨三十枚の破格の仕事、というわけ。  たとえ胡散臭くても、それからきつくても、金貨のことを思えば我慢出来るわよね?
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