アイスコーヒーが縁でして

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アイスコーヒーが縁でして

まだ7月上旬だというのに、その日は特別暑かった。 こんな日に仕事で外を出歩くのはとてもきつい。サボりではない、休憩。と自分に言い聞かせて、スーツのジャケットを脱いでから陰になっている公園のベンチに座り込む。ハンカチを握り込んで額の汗をふいて、隣の自販機で飲み物でも買うかと立ちあがろうとした瞬間だった。 ピタッ 「ひゃ!」 ほてった頬に突然冷やっこいものを押し当てられて、思わず跳ねるような声が出た。ほぼ反射的に背筋が震え思わず身構えると、左上から、「うぅえ?!」と素っ頓狂な声がした。 「も、申し訳ない、先ほどまでそこに同僚がいたので…」 見上げれば、しっかりスーツのジャケットまで着込んだ男性があたふたしていて、大変失礼しましたと私に押し当ててきたアイスコーヒーの缶を自分の方に引っ込めて、ひたすら頭を下げてくる。 「いえ、びっくりはしましたけど、暑かったので逆に助かったというか…?」 あまりの慌てようとただ何度も頭を下げる彼を前に、こちらも立ち上がってよくわからないことを言いながら牽制をする。 怪しい者ではないんです!と彼は慌ててスーツのポケットから名刺入れを取り出して一枚名刺を差し出してきた。 ----------------- 花岡法律事務所 弁護士 辰巳雄人 ----------------- 「あ、弁護士さん」 名刺と一緒にスーツの襟元に留められている金のバッジも確認する。ひまわりと秤をモチーフにしたそれ。見間違いはしない、これは本物だ。 「無礼な真似をしてしまい、本当に申し訳ない」 ぺこぺこと弁護士の威厳もなく頭を下げ続ける彼に、お気になさらず・と笑って告げ、休憩終わりとその場を去る。後ろからは本当に失礼しました、という声がまた聞こえてきた。 公園を出て、彼からもらった名刺を再度見る。 うーん…。 今度は休憩ではなくしっかり仕事をしようと喫茶店に入ってアイスコーヒーを注文。 そして鞄の中の書類を取り出して、その名刺と並べてみた。 「明後日の初公判、どんな顔していけばいいのかしら」 明後日行われる民事裁判。 原告側弁護士の名前は、先ほど受け取った名刺と同じ名前が記されている。事務所名も同じだから同姓同名の別人ではないだろう。 さてはて、と喫茶店の中が寒くて脱いでいたジャケットを羽織る。自分の胸元にも彼と同じ金のバッジ。 「私も名乗った方がよかったかしら?」 同業者にこんな形で会うなんて。 滅多にない滑稽な出来事に思わずクスリと笑みが漏れる。 割とタイプだったなぁなんて思いながら、オレンジ色の蛍光ペンで原告側弁護士の名前をマークするように線を引いた。
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