『はっぴいえんど』で出会った二人 ~人妻と中年童貞~

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 「あらあら。いらっしゃいまあせ」  ピンク色の看板『はっぴいえんど』。ネオン街の隠し通路のような場所に、怪しい空気をまとったお店があった。世にあるピンク色の種類を使い切ったような発色で神々しく、主張の激しさでお客さんは見向きもしない。時間を持て余していた私は、そんなお店のドアを開けたのだ。  今日の私は、浮かれている。  三十二歳。小学校からの親友がついに結婚した。  飛行機で二時間の距離だったけど、夫と小学校五年生の息子は快諾してくれて、式に出席することができた。一泊二日。子どもが誕生してから初の解放された時間。披露宴では、美味しい料理とお酒を堪能し、親友の幸せに涙を流した。  二次会は行かなかった、いや、行けなかった。  飲み会のようなお酒の席だと、私はどうしても悪目立ちをしてしまうからだ。  私のような人生を、世間は勝ち組と呼ぶ。  実際は、そんなことなんてないし、私は、自慢できるような人生を送ってない。今まで夫以外に告白されたことはないし、付き合ったこともない。  はっきり言って、私の見た目は平均で、写真映えする夫と息子の顔は、それだけで興味を持たれてしまう。夫は医者で息子はキッズモデル。夫のご両親は弁護士。出会いは、大学時代の帰省中に新幹線の席が隣だったこと。夫は一目ぼれだったらしく、そこそこ盛り上がった二時間の世間話で結婚を決めたらしい。いわゆるシンデレラストーリーだ。    その結果、正直に話せば『嘘つき、バカにするな』と言われ、気を遣って話を盛れば『そんなに見下して楽しいの』と言われ。火消しに追われているうちに知人は離れていき、孤独を何度も味わった。  親友だけは側に居てくれた。私にとって、とても大切で失いたくない存在。だからこそ、二次会を欠席することが、一番いい方法。  親友のドレス姿も見たかったし、久々に話したかったなあ。    『はっぴいえんど』の店内はピンク色の外観とは異なり、黒を基調としたお洒落なカウンターバーだった。客席は三つほど。後ろにコート掛けがある。  ピンク色のグラデーションの髪を束ねて、後ろで小さなお団子にしている背の高いバーテンダーと、子どもの頃によく遊んだ、金髪のお人形が私を出迎えた。お人形は、ハンドメイドの黄色のドレスを着せられていて、髪の毛は乱れのないストレート。シルバーのヒールを履いて、カウンターのテーブルにちょこんと座っている。    バーテンダーの服装は、期待を裏切らないピンク。ショッピングピンクではなく、薄いパステルカラーのピンク色で、シックな店内で一際目立った。  バーテンダーの第一印象は、『漫画の脇役で、主人公よりも人気があるモテ男』。  スーツ姿の男性の前には、ウイスキーの水割り。後ろ姿は猫背で疲れていて、触れただけで生気が吸い取られそう。  (うわあ。冒険しすぎちゃったかも)  「ちょっと、あんた。しけた顔ねえ。一度入ったら、一杯だけでも飲むのがルールだからねっ。さあ、入った入ったっ」  癖のある口調のバーテンダーがカウンターを出て私の背中を押し、強引に席に案内した。  案内された席はもちろん、疲れた男性の隣。  (できれば真ん中の席を避けて座りたかったんだけど。男性も距離が近くて迷惑なんじゃ)  私は、男性に謝った。  「すみません。お邪魔します」  「いえいえ。僕は仲間がいるほうが嬉しいですから」  彼の第一印象は、優しそう。  白が混ざり合う頭髪と目尻の小皴、目を細めて笑う顔に親しみやすさを感じ、私はホッと胸をなでおろした。
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