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強い陽射しにさらされ、今にも朽ち果てそうな建造物。
壁の所々に苔が生え、およそ何年、何十年も人の手が入っていないことがわかる。
しかし、どこか廃墟のようでいながら神聖さを感じさせるのは、この場所が“神の監獄”と呼ばれているが故だろうか。
その古い建物の前には、甲冑姿の者たちが馬に跨って集まっていた。
集団の先頭に立つのは、ダークブロンドの髪を束ねた、透き通った青い瞳の女性――名をジークリンデ·ヴィルトブルクという。
彼女もまた連れの者と同じく剣を帯刀し、フルプレートの甲冑を身に付けている。
「ここが“神の監獄”……。兄上はここで消息を絶ったのか」
ジークリンデは、行方不明となった自国の王でもある兄ジークムント·ヴィルトブルクを探していた。
そして、ようやく兄が神の監獄に向かったことを知り、兵を連れてこの地へとやってきたのだった。
見たところ争った様子もなく、特に何かあったような気配はない。
兵たちに周囲を調べさせたが、人がいたような形跡もなさそうだ。
そうなると当然、建物に入って中を調べる必要があるが――。
「皆はここで待っていてくれ。私がひとりで中を調べる」
ジークリンデはどうしてだが、兵を連れずに単独で神の監獄へと入ろうとしていた。
兵たちはもちろん止めた。
噂ではこの建物内には神が住み、他にも悪魔やらなんやら人ではないものが潜んでいるという話がある。
他にもこの建物に入った者は、どんな願いでも叶えることができるといわれているが、願いを叶えた者のその後は、突然気が狂ってしまうらしい。
それらの噂は、近辺に住む者らからは、伝説、神話、おとぎ話として何年も語り継がれているようだ。
だが、ジークリンデは理由こそわからないが、ひとりで行かなければいけない気がすると真剣な面持ちで言い、そうまで言われてはと、兵たちは従うしかなかった。
兵たちが見守る中、馬を降り、ひとり建物へと入るジークリンデ。
暗い中でランタンをかざし、奥へと歩を進めていく。
狭く半壊している内部を歩きながら、ジークリンデは思う。
噂が本当ならば、兄ジークムントは願いを叶えた後に狂人になってしまったのか?
自分が何者かわからないまま、まだこの古めかしい建物内にいるのか?
たとえ気が狂っていたとしても、どうかここにいてほしいと。
「兄上……無事でいてくれ……」
自分が誰かわかってもらえなくてもいい。
生きてさえいてくれれば、それ以上は何も望まない。
ジークリンデはジークムントと最後に会ったとき――兄の笑顔を脳裏に浮かべながら、さらに建物内を進んだ。
しばらく進むと、灯りの付いた、大きく開けた空間に出る。
「ようこそ、神の監獄へ。ヴィルトブルク王国の主ジークムント·ヴィルトブルク王の妹君、ジークリンデ様ですね」
灯りの付いた空間には、ひとりの人物がいた。
その人物は、慇懃な態度で深く礼こそしてはいるが、顔を化粧で真っ白にし、まるで道化師のような姿をしていた。
その格好のせいや声も体格も中性的なため、男なのか女なのかわからない。
「何者だ、おまえは!? 兄上どころか、私の名まで知っているとは!」
ジークリンデは思わず剣を抜き、刃先を道化師のような人物に突きつける。
しかし、道化師に動揺はなかった。
剣で脅されても笑みを崩さず、穏やかな雰囲気はそのままだ。
むしろ客観的に見れば、ジークリンデのほうが、刃を向けられて震えているかのようだった。
下げていた頭を上げ、道化師のような人物はおどけてみせる。
その仕草は、両手を高く上げ、敵意がないことを伝えながらも、どこか相手を小馬鹿にするようなものに見えた。
ジークリンデは、このふざけた格好をした人物を斬ろうとした。
だが、次に耳に入った言葉で思いとどまる。
「ジークムント王のことを知りたいのですね」
剣を収め、ジークリンデは道化師のような人物に訊ねた。
おまえは何か知っているのか?
知っているのならば、すべて話してもらおうと。
訊ねられた道化師のような人物は、ジークリンデが剣を収めたことに、さらに笑みを深くする。
そのときの表情が不気味すぎて、ジークリンデはまるで背筋が凍るような感覚を味わっていた。
そして考える。
もしかしたら、この者が神やら悪魔やらだと、周辺に住む者らが勘違いしているのではないかと。
こいつの笑顔は、とても人間とは思えない悍ましさがある。
思い違いをしても仕方がないだろう。
「ええ、もちろんすべてお話しますよ。いやいや、それにしてもわかってもらえて嬉しい限りです」
いちいち丁寧な奴だ――。
ジークリンデはそう思いながらも口に出さず、話は奥ですると言われ、道化師のような人物のあとをついて行った。
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